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「ふぅん。こうやって分身を増やしていたわけだね」
朔が感心したように言う。瑞月は目の前の光景の気味の悪さに蒼褪めていた。
「だけど、どれほど数が増えようとも、朔なら一瞬で片が付けられるわね? そうでしょう?」
「いいのかい? 俺が出て行ったら、生餌くん諸共八つ裂きにしてしまうかもしれないけど」
「はぁ? ダメよ!」
いつの間にか、奏流たちの手に木の枝が握られている。彼らはそれを両手で振り上げると、中央で立ち尽くす二人目掛けて突撃した。
朔の反応は素早かった。瞬時に人間の姿を取り、瑞月を庇うように振り落とされた枝を腕で受け止める。続いて突き出された腕を掴んで奏流のひとりを引き寄せ、押し寄せる他の奏流目掛けて振り回した。鈍い音と悲鳴が辺りに響く。
「朔! 松野江くんに怪我をさせてはダメ!」
「これでも手加減はしているよっ!」
大枝の一撃が瑞月を狙う。すかさず朔が彼女を担ぎ上げ、返す動きで奏流を蹴り飛ばした。靡く黒髪が瑞月の視界を切り取った。
朔は本当に手加減しているらしかった。奏流の大群は怪我らしき怪我を負わされないため、弾き飛ばされてもすぐに立ち上がって襲い掛かって来る。
このままではキリがない。瑞月は自分を抱える朔の背に拳を叩き付けた。
「どうするのよ! 朔!」
「うるさいご主人様だね――俺は手が空かないから、君が本体を叩いてくれ」
「で、でも、全部松野江くんなんでしょう? どれが本体なのよ!」
「仕方ないなぁ、目印を付けてあげる。だから、任せたよっ!」
朔は弾みを付けて瑞月の体を投げ捨てると、躍り上がって狼の姿に変身した。狙いはただひとり――攻撃の輪の一番外に構えている松野江奏流だ。
狼は一直線にその個体に飛び掛かり、器用にパジャマの襟を咥えて引き摺り倒した。布地が破れる音が無惨に響く。
「朔!」
辛うじて受け身を取った瑞月は、擦りむいた膝を庇いながら立ち上がった。乱闘の外に弾き出された彼女からは、狼の背に群がる奏流たちによって朔の姿は見えない。その代わり、彼が目印を付けた個体だけは、はっきりと見分けることができた。
瑞月にいくつかの視線が集中する。そこに込められた虚ろな憎悪にゾクリと背中が沸き立った。
二、三人の奏流が本体を守るように立ちはだかる。
「……私のクラスメイトに手を出すなんて、いい度胸しているじゃない」
拳を握って自らを奮い立たせ、瑞月は勢いよく地面を蹴った。
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