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「すごいや、狛江さん! ヒーローじゃん」
「……は?」
耳に飛び込んできた言葉に、瑞月は呆気に取られて口を開ける。松野江奏流は大真面目に頷いていた。
「人知れず街の人を守ってるってことでしょ? すごい。すごすぎる」
「え、いや、そういうわけじゃ――」
「それ、狛江さんがひとりでやってるの?」
「ええ、まあ……今、朔と契約しているのは私だから」
「誰も手伝ってくれる人はいないってこと?」
なぜか奏流は食い気味だ。後ろで朔が不満げな声を上げる。
「俺がいれば十分だからだよ、生餌くん」
「――だって、秘密だもの。こんなこと、誰も信じてくれないし。それに……私が狗神筋だって知ったら、嫌悪する人だって沢山いると思うの」
「そうだよね。確かに朔さんのことを信じてくれない人はいそうだよね。でも、嫌ったりするのはお門違いだ」
奏流は勢いよく立ち上がった。狼狽える瑞月の手を握る。小柄な彼は瑞月とほとんど背が変わらず、したがって二人は互いの呼吸が掛かる距離で鼻を突き合わせることになった。
「街を守ってくれてありがとう。お礼ってわけじゃないけど、これからは僕にも手伝わせてくれないかな?」
「え? なにを?」
「怪異退治を」
「はぁっ? だだだダメよ! 危ないもの!」
咄嗟に手を払い除ける瑞月。奏流は悲しそうに項垂れた。
「うん……それはそっか。正直、言ってはみたけど、僕だって怖くて仕方ないもの」
だけど、と彼は顔を上げる。その瞳には澄んだ光が宿っていた。
「直接怪異退治を手伝えなくてもさ、何かできることはあると思うんだ。情報を集めたりとか……それに、狛江さんが独りで抱え込むのは、やっぱりしんどいんじゃないかなって思うんだよ」
瑞月は黙って眉根を寄せた。彼の言葉が清水のように心の中に染み込んでいくのを感じたから。
長い沈黙を挟み、彼女はついにそっぽを向いた。「ごめん、ちょっと調子に乗ったよね」と言いかける奏流を遮って。
「手伝ってもらうつもりはないわ。でも――単なる友だちになってくれたら、少し……嬉しいかも」
そう言って振り返った瑞月は、ほんのりと頬を染めていた。
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