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2.狗神
あまりに早すぎる、呆気ない死だったが、瑞月は心から悲しむことができなかった。
瑞月の父、狛江宗助が死んだ。
庭に生えた桜の木の下に立ち、咲き誇るソメイヨシノを見上げた。今の瑞月には可憐な薄桃色の花弁よりも、曇天色の空模様の方が寄り添ってくれているように感じた。手にした箱がとても重い――あの気高く人のいい父がこんな箱ひとつに収まってしまうものなのかと、冷めた頭で考えた。
桜の木の下には屋敷神の社があるが、この家に憑く神はついぞ父を守ってはくれなかったらしい。
死の数週間前から、父は様子がおかしくなった。ある晩、大怪我をして帰って来て、以来何かに怯え続けていた。決してこの家から出ることがなく、時折どこかへ人をやっては、重たげな古書の類を読み漁っていた。
それから父は、この社の前で熱心に祈っていた。譫言のように「助けてくれ」「許してくれ」と呟いているのを耳にしたことがある。父は何かに狙われていたのだろうか。それは警察や弁護士ではなく、いるかもわからない神に縋らねばならないほどのものだったのだろうか。
結局、屋敷神は父に応えなかった。
父はこの桜の木の下で、無惨な死体となって発見された。
瑞月は遺体の全貌を見ていないが、台の上に寝かされた父の掛け布の下には、明らかに続く胴体の膨らみがなかったことを覚えている。
死因は野生動物に襲われての事故だと聞いているが、それが真実である訳がないのだ。こんな住宅街の真ん中で、あるのは学校の裏山程度の街で、熊だの野犬だのという話は。何かもっと重大な事から瑞月の目を欺こうとしている。そう思えてならなかった。
「お父さん」
呼び掛ける声に答えはない。
瑞月の母は幼い頃に病死した。だから、瑞月はこれから父が死んだこの家で、独りぼっちで生きていかなければならない。
「教えてよ、お父さん」
あなたは私に何を隠して逝ってしまったの?
知るべきことなのかはわからない。だが、最愛の家族にすら打ち明けてもらえないというのは、信用されていないようでつらかった。死んでしまっては、そうじゃないんだと訂正してもらうこともできないから。
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