2.狗神

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 と、二人の耳が何かの息遣いを聞きつけた。それはある一点から聞こえていたが、急速に距離を詰めてくると同時に散開。あっと言う間にふたりを輪の中に閉じ込める形となった。  だが。  姿が見えない。感じるのは異様な獣臭さと、短く小刻みな興奮した息遣いだけだった。 「な、なに?」  瑞月が怯えて箱を抱き締める。 「何かいる! 田辺、そこに何かいるわ!」  素早く田辺が彼女を背後に庇った。 「お嬢様、耳を澄ませてください。音で奴らの気配を感じるのです」 「はぁっ? 奴らって何よ! ちょっと田辺――」 「来ます!」  突如、田辺の体が後方へ弾き飛ばされた。彼は瞬時に瑞月を突き飛ばし、何者かの襲撃の輪から放り出す。膝をついた瑞月が見たものは、姿なき何かに襲われ、絶叫を上げる田辺の姿だった。  両腕が裂ける。血が吹き出す。田辺は無我夢中で傷付いた腕を振り回しながら、あらん限りの声で叫んだ。 「お逃げください! 早く! 離れの物置に!」  その言葉を合図に、瑞月は弾かれるように駆け出した。  激しい動揺からすぐに息が上がった。手にした箱はさらに重量を増し、骨壺が箱に当たって不安な音を立てている。それでも瑞月は必死で足を動かした。振り返る勇気は持てなかった。  なぜかは自分でもわからなかったが、瑞月は田辺の指示通りに離れへと駆け込んでいた。ここは生前父がよく書斎に使っていた部屋がある。けれども、そこは鍵が掛かっていることを知っていたので、瑞月は物置へと直行した。  手を掛ける。引き戸を開ける。  飛び込んできた光景に、瑞月は息を呑んだ。  トイレの個室よりほんの少し広い程度の部屋。確かに物置だったと記憶していたが、そこには庭掃除の道具も、工具の類も収納されていなかった。  床に、壁に、天井に。所狭しと貼られたのは無数のお札。正面には小さな祭壇のような物があり、火の点いていない蝋燭が赤い血で書かれた退魔印を囲んでいた。 「な、何よこれ……」  いつの間にこんなものが?  そう疑問に思う一方、心は不思議な平穏を感じていた。守られているという実感。この部屋にいれば安全に違いないと確信できる。  瑞月は遺骨の入った箱を祭壇の前に置き、扉に背を預けて膝を抱えた。安心感はあったけれど、先程感じた恐怖と動揺はそう簡単には収まらない。頭の奥で聞こえる田辺の悲鳴が、耳が覚えたものなのか、今も現実に聞こえているものなのか、判断がつかなかった。
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