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助けを呼ばなければ。生憎スマートフォンは母屋に置いて来てしまったし、離れには電話が通っていない。助けを呼ぶためには、どうしても一度ここから出なければならなかった。
だけど、怖い。
瑞月は膝に顔を埋めた。
庇ってくれた田辺。きっと無事ではいないだろう。見捨てたくはないけれど、もしもここから出て、あの『ナニカ』に襲われてしまったら、田辺が命を賭して守ってくれようとしたことが無駄になる気もした。
恐怖が判断を鈍らせる。瑞月は唇を噛み締めた。
「助けて……お父さん……」
その声は幻聴だったのか。
「助けてほしいか?」
自信に満ちた男の声が頭上から聞こえた。
「助けてほしければ、手を貸してやる」
「だ、誰?」
「宗助の友人さ」
「友人って……」
葬式ならばとうに終わっている。線香を上げに訪ねてきた人物にも心当たりはないし、父にこんな若い声の友人がいたとは思えなかった。そもそも、足音の類が一切聞こえなかったけれど、彼はどうやって入ってきたのだろう?
「あの老人を助けたいのだろう? であれば、俺様と契約しろ。そうすれば助けてやる」
「契約? あなた、何を言ってるの?」
「悠長なことを言っていていいのか? お前が悩んでいる間に、あのじいさんは死ぬぞ」
瑞月は閉ざされた引き戸を見上げて唇を噛んだ。
突然現れた謎の声。助けを申し出る一方、それは脅迫でもあった。「契約」という言葉が引っ掛かる。
「あなたは誰なの? それがわからないと何も答えられないわ」
「そこから出て来い。そうすればわかる」
瑞月はぴくりと眉を動かした。
「だったら開けて入ってきたら? 鍵は掛かっていないわ」
扉の向こうは答えなかった。
違和感が確信に変わる。瑞月は拳を握り締めた。
「……あなた、人間じゃないのね」
一呼吸の沈黙が肯定を示す。
声は言った。
「決めろ。今すぐに」
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