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砂利を踏む音がして顔を上げると、目の前に巨大な狼が四つ足をついていた。輝く毛並みは夜の色。油断なく敵を睨む双眸は満月のよう。狼は高らかに一声吠えると、姿なき獣たちに飛び掛かった。
一瞬の出来事だった。「キャヒン」という獣の断末魔が木霊し、地面に新たな血の跡を作る。狼はあっさりと獣たちを追い散らしたのだった。
朔が振り返る。瑞月は両手を胸の前で握り締めたまま、請うように彼を見上げた。
「終わったぞ」
「田辺!」
安全が保障されると同時に、瑞月は桜の木の下へ駆け出した。田辺は社に縋り付くように踏み出したかと思えば、瑞月の腕の中で倒れ込んでしまう。
「嗚呼、お嬢様……」
「ごめんなさい、田辺。喋らなくていいの。今救急車を呼ぶから」
「なんてことを……その瞳は……」
「……え?」
田辺は動かない体を必死で持ち上げ、瑞月の肩越しに朔を睨み付けていた。
「この……疫病神が……っ!」
「瑞月」
いつの間にか人型に戻った朔が背後に立っていた。
「その老人は俺様が見ていよう。助けを呼びに行くがいい」
「田辺に……この人に、危害を加えないって約束して」
睨み付ける瑞月に、朔はフッと口の端を歪めた。
「信用がないな。約束するさ」
瑞月はなおも一瞬躊躇い、田辺を朔に預けて母屋へと走った。
かくして瑞月は救急車を呼び、田辺は一命を取り留めた。またも原因は「野生動物」ということにされてしまったが。真実を警察に話したところで、信じてもらえるはずもなかった。
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