2.狗神

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*** 「朔」  病院から戻ってすぐ、瑞月は朔を応接間に呼んだ。彼が着物姿で正座する姿は、皮肉なほどに画になった。 「なんだ、瑞月」 「気安く呼んでくれるじゃない。そもそも、私はあなたに名乗った覚えはないわよ」 「言っただろう? 俺様は宗助の友人だ。娘の名前くらい知っているさ」  瑞月は居住まいを正し、切り口を変えることにした。 「田辺はあなたを『疫病神』と呼んだわ。あなたは何者なの?」  朔はじっと瑞月を見ている。その眼差しは値踏みするようでもあり、同時に真意を見据えようとしているようでもあった。 「……狗神だ」 「いぬ?」 「狼の神霊だと思え」 「じゃあ、さっき見せたあの姿が、あなたの本当の姿というわけなのね」  朔は答えない。瑞月は眉を顰めた。 「契約、と言ったわね。どういうこと?」 「お前は俺様に名前を付けた。それが契約の証――あの時あの瞬間から、俺様の主人はお前となった」 「あなたは私に何をしてくれるの?」 「お前の望むままに。お前を守り、お前の敵を喰い殺そう」 「敵なんかいないわ」 「では、何が欲しい? 財か? 地位か?」 「いらないわ、そんなもの」  瑞月は眉間に皺を寄せたまま話を続けた。 「では、私はあなたにどんな見返りをあげればいいの?」  再びの沈黙。斜めに吊り上がった朔の口元だけが、何かよからぬことを暗示していた。
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