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「朔」
病院から戻ってすぐ、瑞月は朔を応接間に呼んだ。彼が着物姿で正座する姿は、皮肉なほどに画になった。
「なんだ、瑞月」
「気安く呼んでくれるじゃない。そもそも、私はあなたに名乗った覚えはないわよ」
「言っただろう? 俺様は宗助の友人だ。娘の名前くらい知っているさ」
瑞月は居住まいを正し、切り口を変えることにした。
「田辺はあなたを『疫病神』と呼んだわ。あなたは何者なの?」
朔はじっと瑞月を見ている。その眼差しは値踏みするようでもあり、同時に真意を見据えようとしているようでもあった。
「……狗神だ」
「いぬ?」
「狼の神霊だと思え」
「じゃあ、さっき見せたあの姿が、あなたの本当の姿というわけなのね」
朔は答えない。瑞月は眉を顰めた。
「契約、と言ったわね。どういうこと?」
「お前は俺様に名前を付けた。それが契約の証――あの時あの瞬間から、俺様の主人はお前となった」
「あなたは私に何をしてくれるの?」
「お前の望むままに。お前を守り、お前の敵を喰い殺そう」
「敵なんかいないわ」
「では、何が欲しい? 財か? 地位か?」
「いらないわ、そんなもの」
瑞月は眉間に皺を寄せたまま話を続けた。
「では、私はあなたにどんな見返りをあげればいいの?」
再びの沈黙。斜めに吊り上がった朔の口元だけが、何かよからぬことを暗示していた。
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