2.狗神

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 瑞月へ  こんな手紙、書かずに済めばどれだけよかっただろう。不甲斐ない父を許しておくれ。きっと私は既にこの世におらず、そして瑞月がこれを読んでいるということは、君の身にも危険が及んでしまったということなのだろう。  瑞月、愛する私の娘。  これから記すことはすべて真実だ。もし君が信じようとしなくても、きっと現実の方から君を捕まえにやってくる。逃れることはできない。  狛江家は狗神筋だ。うんと昔のご先祖様が、富を求めて動物霊を降ろしたのだろう。そのおかげで狛江家は領主として栄えたが、一方で呪いと呼べるものも背負ってしまった。  代々狛江家では、狗神に選ばれた者が狗神憑きとなる。その者は狗神を使役し、あらゆる知や財を得る代わりに、狗神を用いてこの土地に巣食う怪異を退治しなければならない。狗神は退治した怪異を喰らうことで力を蓄える存在なのだ。  父さんは狗神憑きだ。君のおじい様も、そのおじい様も狗神憑きだった。そして、瑞月――私の次は、君が狗神を継がなくてはならないだろう。  危険な仕事だ、怪異退治は。だが、必要なことでもある。誰かがやらなければならないとわかってはいるけれど、どうしても私はそれが自分の娘でないことを願ってしまう。私の代で終わらせられればよかったのだが、私では方法を見つけることができなかった。  私には終わりの時間が迫っている。  瑞月、君にこんな荷を継がせてしまい、本当に申し訳なく思う。けれど、わかってくれ。私だってこんなことは望んでいなかった。父さんも、母さんも、心の底から君を愛していた。それはこれからも変わらない。  逃げないでくれ、瑞月。  危険なことはすべて狗神にやらせればいい。彼は喜んでそれを引き受けるだろうから。  だが、決して彼を信じてはならない。約束してほしい。狗神に気を許すな。
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