2.狗神

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 手紙は署名で終わっていた。最後の方は余程急いでいたのだろう、乱れた文字がそのことを表している。瑞月は手紙を何度も読み直し、最後には便箋を胸に抱き締めた。  父は、怪異に殺されたのか。  狗神は――朔は、父を守れなかった。  込み上げたのは怒りではなかった。恐怖でもない。瑞月はただ、決意を固めていた。  離れを出ると、母屋の前で朔が待っていた。月光を受けて煌めく黒髪は、鉱物のような独特の光沢を放っている。 「顔つきが変わったね」  どこか楽しそうに、彼は言った。 「少しはマシな顔になった。覚悟を決めたのかな」 「あなたの方こそ。私に仕える心積もりができたみたいね」  瑞月はつかつかと彼に歩み寄り、正面で立ち止まった。向かい合う二人。同色の瞳を結び付け、互いに互いを推し量っていた。 「あなたも可哀想ね。新しく主人が変わったと思ったら、こんな小娘に従わなければならないなんて」 「ふん。人のことを言う余裕ができたみたいだ」 「仕方ないじゃない? それが狛江家の宿命だというのなら、受け入れるしかないんだわ」  瑞月は黙って手を差し出した。一拍置いて、朔がその手を取って跪く。 「せいぜい私を守りなさい」 「仰せのままに、ご主人様」  手の甲に残る柔い感触。
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