3.こっくりさん

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 残された瑞月は怪訝な顔をやめられない。眉間に皺を寄せて立ち尽くす瑞月を、朔がこっそり肘で突いた。 「だ、そうだよ?」 「だから何よ」 「明日から弁当作ろうか?」 「はっ?」  瑞月は驚いて振り返った。 「朔、あなた料理できるの?」 「一通りはね。過去にはそういうことを要求したご主人様もいたのさ」  なおも訝しげな表情に朔はムッと唇を尖らせる。 「はっきり言って、君よりは俺の方が料理上手いと思うよ? なんてったって生きている年数が違うからね」 「あら、言うじゃない。帰ったらお手並み拝見といこうかしら」  じゃなくて、と瑞月は首を振って歩き始める。 「弁当なんていらないわ。松野江くんと一緒に食べる気もないし」 「おやまあ。つれないじゃないか」  朔がゆっくりした足取りで追って来る。瑞月は速足のつもりだが、朔とは歩幅が違うために簡単に歩調を合わされてしまうことが、彼女にはあまり面白くなかった。 「だって、なんで私と一緒にいたがるのかわからないんだもの。言い方は悪いけど、私、憑りつかれてるのよ? 気味が悪いじゃない」 「本当にひどい言い草だな。彼が気にしないというのだから、瑞月だって気にすることはないじゃないか」 「気にしてるんじゃない。わからないって言ってるの」 「単純に好意だと受け止めればいいと思うがねぇ」  瑞月はサッと赤面して朔を睨み付けた。 「朔も朔よ。どうして私に松野江くんと仲良くさせたがるの?」 「そりゃあ、その方が俺にもメリットがあるからさ」  彼は肩を竦めた。 「メリット?」 「瑞月の交友関係が広まれば広まるほど、怪異の情報が入ってきやすくなる」 「なるほど?」  瑞月は不機嫌そうに腕を組んだ。  駅前に来たので人通りが増え、二人を振り返る視線が多くなった。傍から見れば美男美女。人目を引くのはいつものことだった。 「前から気になっていたのだけど、怪異ってそんなに頻繁に遭遇するものかしら。滅多に出会えないものなんじゃなくて?」  四月の初めに朔と知り合って一ヵ月半、遭遇した怪異はヤマビコを含めてほんの数件だ。それも大したものではなく、ちょっとした地縛霊の類ばかり。 「こんなものは腹の足しにもならない」と朔も文句を言っていた。 「その点は心配しなくていい」 「……どういうこと?」  朔の言葉にきな臭いものを感じ、瑞月が足を止める。横目で振り返る朔はどこか面白がっていた。 「狗神憑きは怪異を呼び寄せる。瑞月が普通に暮らしていてくれれば、それだけで十分なのさ」 「なっ……!」  咄嗟に朔の袖を掴む。 「なによそれ? 私が怪異を呼び寄せるっていうの? そんな、それじゃあ――」 「――瑞月の交友関係が広がれば広がるほど、怪異を呼び寄せやすくなる」 「冗談じゃない!」  周囲の人が振り返っていた。だが、瑞月にそれを気にする余裕はない。  狗神憑きは怪異を呼び寄せる。つまり、松野江奏流が彼女に関わろうとすればするほど、彼が怪異に遭う危険性は高まるということなのだ。恩義を感じて仲良くしようとしてくれている人を、むしろ危険に貶めてしまうなんて。 「――そんなの、疫病神じゃない」  ふと、思い出す。  田辺が朔を見て言った言葉。あれはそういう意味だったのか。 「当然だろう?」  ところが、朔の反応は冷たいものだった。見下ろす眼差しには呆れさえ混じっている。 「忘れるな、瑞月。俺様は怪異だ。所詮は人間に仇なす存在なのさ」 「黙りなさい」  拳を握り――あの日から、瑞月にはすっかりこれが癖になっていた――歩き出す。  だったら。  改札を通り抜けながら、瑞月は決意を固めた。  だったら、関わらなければいいのだ。友人なんて必要ない。
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