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***
――という訳にもいかないのが、人生である。
瑞月は自分の机に集まった三人を前に途方に暮れていた。ひとりは松野江奏流。それから、彼が連れて来た女子生徒が二人。榎本千咲ともうひとり、隣のクラスだという文芸部員。
「どうして私が」
「お願いっ」
東佐和子(ひがし さわこ)はそう言って両手を合わせた。彼女は文芸部とオカルト研究部を兼部しているとかで、今日はオカ研の勧誘のために瑞月のもとまでやってきたのだった。聞けば、奏流が余計なことを吹き込んだらしい。
「だって、狛江さんって霊感強いんでしょう? 力を貸してほしいの!」
瑞月は無言で奏流を睨む。彼はそっぽを向いて口笛を吹いていた。
「霊感なんかないわよ。松野江くんが適当なこと言ってるだけ」
「それでもいいからっ。人数が足りないんだもん。みんな怖がっちゃって」
オカ研の癖に情けない。佐和子は腰に手を当てて鼻の穴を膨らませた。
「いやぁ……気持ちはわかるよ?」
千咲が控えめに口を挟む。彼女はオカ研に入っていないが、同じ文芸部の好で付き合わされているらしい。瑞月は心底彼女に同情した。
「生憎だけど、私はオカルトになんて興味はないの。他を当たってちょうだい」
「おーねーがーいー! なんとなく四人の方が上手くいく気がするじゃん! 不吉な数字だしさ」
「不吉なら余計に嫌よ。っていうか、何をするつもりなの?」
「こっくりさん」
佐和子は笑顔で答えた。反対に、瑞月はサッと蒼褪める。
「こっくりさん? って、あれよね? 十円玉に指を置いて質問する……」
「そう! テーブル・ターニングの一種とも呼ばれる日本の伝統的な降霊術です。原因は不覚筋動だとか、潜在意識で動かしてるだけだとか色々言われるけど、八十年代のブーム時には本物の狐憑きと思われる事例が全国的に――」
「そんなのダメに決まってるじゃない!」
咄嗟に大声が出てしまう。佐和子は肩を縮める素振りを見せたが、その顔から笑みは消えなかった。
「きちんとした手順を踏めば問題ナッシングだよ。むしろ、そのことを佐和子は証明したいと思っているのだ」
「なによ、この子。キャラが面倒臭すぎない?」
千咲と奏流は苦笑を漏らした。
「とにかく、ダメなものはダメ。こっくりさんなんて冗談でやっていい遊びじゃないのよ。万が一、本物の霊が降りてきてしまったら――」
瑞月の頭の中で、嬉しそうに舌なめずりする朔の絵が浮かび上がる。彼女はげんなりと顔を顰めた。
「ダメ? どうしても、ダメ?」
佐和子はなおも食い下がる。瑞月はチラリと奏流に視線をやりながら首を振った。
「ダメ。絶対に」
「ちぇー、しょうがない。じゃあ、三人でやるかぁ」
「やるなっ!」
立ち去りかけた佐和子が期待を込めた眼差しで振り返る。瑞月は千咲の哀願と奏流の苦笑を横目に見ながら、がっくりと項垂れた。
「……わかったわよ。一緒にやってあげる。だけど、絶対に手順を間違えちゃダメよ?」
「やったあ! 狛江ちゃん、大好き!」
瑞月の絞り出すような溜息は、無理矢理抱き付いてきた佐和子の腕の中で消えてしまった。
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