3.こっくりさん

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 佐和子が大きく息を吸う。彼女は何度もシュミレーションしてきたであろう語句を高らかに唱えた。 「こっくりさん、こっくりさん。おいでください」  目で促され、渋々三人も復唱する。 「こっくりさん、こっくりさん。おいでください」 「こっくりさん、こっくりさん。おいでください」  奇妙な輪唱が放課後の教室に木霊する。途端に瑞月は馬鹿らしくなった。こっくりさんなんて、所詮は子どもの遊びなのだ。交霊術の真似事をして、禁忌というスリルを味わうためだけの――……。  ふいに瑞月は寒気を覚えた。即座に異変に気付く。  朔がいないのだ。 「さ……」  呼びかけた声は他の三人の呪文に掻き消される。 「こっくりさん、こっくりさん。おいでください。もしおいでになりましたら、『はい』の位置へお進みください」  その時、十円玉が微かに振動した。 「……っ!」  佐和子が興奮に目を輝かせる。千咲と奏流が蒼褪める目の前で、十円玉は『はい』の言葉の上へと滑り出したのだった。  四人の目が合う。佐和子は唇を湿らし、奏流へと頷きかけた。 「こ、こっくりさん。質問にお答えください。母さんの定期入れはどこにありますか?」  質問する順番はあらかじめ四人で話し合って決めていた。佐和子はどうしても自分が最後がいいと言い張り、質問したくないと断る瑞月の主張は受け入れられなかった。  十円玉が動く。 『え、き、ま、え、の、こ、ん、び、に』 「駅前のコンビニ!」  こっくりさんを呼び出してまで訊きたいことが母親の失くし物とは、なかなかに孝行者の息子である。母はきっと嫌がるだろうが。奏流は安堵の表情で、「鳥居までお戻りください」と質問を締め括る文言を唱えた。  続いては千咲の番である。彼女はチラリと奏流を盗み見ると、はにかむような、とぼけるような表情で言った。 「こっくりさん、質問にお答えください。奏流くんには今好きな人はいますか?」  ドキリ、と肩を縮めたのは奏流だけではない。瑞月が顔の火照りを感じながら前を見ると、千咲がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。  ところが、こっくりさんも学生のお遊びに付き合わされることに、そろそろ嫌気がさしているのかもしれない。 『ち、よ、く、せ、つ、ほ、ん、に、ん、に、き、け』 「――直接本人に聞け。あ、はい」  千咲は肩を竦めて、瑞月に順番を譲った。
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