3.こっくりさん

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 突如、十円玉がピタリと静止した。  その場所は『はい』。 「東さん――!」  瑞月は鋭く一喝した。佐和子はハッと我に返り、何かを振り払うように頭を振る。おかっぱ頭がバサバサと音を立てた。 「こっくりさん、ありがとうございました。どうぞ鳥居までお戻りください」  十円玉が静かに戻っていく。まるで先程の暴走などなかったかのように。 「こっくりさん、こっくりさん、お離れください」  佐和子が最後の文言を唱えると、全員ががっくりと肩を落とした。全身に圧し掛かっていた何かがフッと消えたのを感じたのだ。それでも、十円玉から指を離すのは躊躇われ、瑞月が動くまでは誰も指を離そうとはしなかった。 「うまく……いった?」  奏流が訊ねる。瑞月は神妙な顔で首を振ることしかできなかった。 「佐和子ちゃん?」  千咲が呼び掛けている。先程の興奮はどこへやら、佐和子は呆けたように黒板を凝視していたが、千咲に肩を叩かれると目を瞬いた。 「へ? なに?」 「なにじゃないよ。大丈夫?」 「大丈夫だよ?」  佐和子は三人の心配そうな視線に気付くと、大袈裟にない胸を張ってみせた。 「うまくいったじゃん! 佐和子は今、達成感に満ち満ちているよ」 「達成感って、本当にあれでうまくいったって言えるのかな……」  千咲は不安げだ。佐和子はぶんぶんと腕を振り回した。 「もっちろん! 質問には答えてもらえたし、ちゃんと中断することなく帰ってもらえたじゃん? だから大成功」  そして、強気のダブルピース。千咲はまだ少し納得がいかなそうだったが、彼女のあっけらかんとした調子に少しは気が紛れたようだった。 「えっと……じゃあ、帰る?」  奏流が口を開く。ソワソワした様子から察するに、早く駅前のコンビニに行って定期入れを受け取りたいのだろう。佐和子はあっさりと承諾した。 「そうだね。佐和子も今日のことをネットの友人たちに教えないと。では諸君、また明日!」  言うなり、彼女は走って教室を出て行った。残された三人は顔を見合わせ、誰からともなく鞄を取り上げる。  教室を出る時、瑞月は最後尾を歩いていた。気配を感じて振り返ると、いつの間にか朔がそこに立っている。 「あなた、さっきまでどこにいたの?」 「どこ?」  瑞月に問われると、朔は不思議そうに首を傾げた。 「ずっとここにいたけれど?」 「本当に? 全然感じなかったわ。いつもは近くにいればわかるのに」 「ふむ……狐狗狸の結界だろうね。俺には君たちの姿は見えても、話している声までは聞こえなかったから」 「あら、そうなの」  昇降口で上履きを履き替え、瑞月はゾクリとして顔を上げる。視線の先には朔の後ろ姿が。よほどリラックスしているのか、狼の尾を隠そうともしていない。 「……朔?」 「ん?」  気のせいだろうか。  思い違いだと言ってほしい。 『お、ま、え、の、う、し、ろ』  こっくりさんのあの言葉。  あの時、瑞月の背後に立っていたのは、他ならぬ朔なのではないか?
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