3.こっくりさん

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 瑞月は激しく首を振り、惑わされそうになる自分を律した。 「質問を変えるわ。どうしてあなたが父の遺言なんて知ってるのかしら?」 「僕が狐狗狸さんだから、じゃあ説明にならない?」 「なるわけないでしょう」 「頭硬いなぁ。僕は呼び出されればどんな質問にも答えてあげるんだよ? ってことはつまり、どんなことでも知っているんだってわからない?」  一理ある。 「……のかしら?」 「うんうん。素直な子、僕好き」  狐狗狸は頬杖をついて首を傾けている。瑞月は苛々と腕を組んだ。 「あなた、昨日の儀式の時に私の心を読んだわね。『お前の後ろ』――あれはどういう意味なの?」 「そのままの意味さ。あの時、犯人は君の真後ろにいた」 「それは、朔?」  狐狗狸は答えない。口角を極限まで引き上げただけだ。 「質問を――」 「――僕がするよ。瑞月ちゃんはさ、狗神についてどれくらい知っているの?」 「どれくらいって……」  瑞月は面食らった。  言われてみれば、知っていることなどほとんどないのではないか。  狐狗狸にとって、沈黙だけで回答として十分なようだった。そもそも、彼は事前にすべてを知っていると自称しているのだから、答える必要などないはずなのだけれど。  つまり、と瑞月は気付く。  これは質問ではない。回答への誘導なのだ。 「可哀想で可愛い瑞月ちゃん。じゃあさ、どうして君は怪異を退治しようとしているの?」 「困っている人がいるからよ」 「でも、狗神憑き、つまり瑞月ちゃんがいるから怪異を呼び寄せるんでしょう? だったら、山奥にでも籠って、人と関わらないようにした方がよくない? ん?」 「それは」  ――否定、できないではないか。  瑞月は激しく狼狽えた。そのことは無意識にも、彼女が奏流や千咲と関わることを楽しいと感じてしまっていることを暗に意味していた。 「もうひとつ、言い方を変えようね」  狐狗狸は人差し指を一本立てる。赤く塗られた爪が鋭利に天を指した。 「怪異が現れたからって、瑞月ちゃんが頑張る必要なくない? だって、危ないじゃん。いくら狗神が守ってくれるとしても、危険な目に遭ってしまうのは事実なんだし」  そして、彼はゾッとするような声で付け加えた。 「――瑞月ちゃんは、お父さんも怪異に殺されたと『思っている』んだもんね?」  改めて突き付けられる問い。  瑞月は頭の中に異物が流れ込むのを感じた。それは混ざり切らない絵の具のように、彼女の頭の中を侵食していく。思考の渦は彼女の心をも蝕んだ。 「どうしてお父さんは『逃げなかった』んだろうねぇ?」 「それは……だから、守らなきゃいけない人がいるから……」 「だからさぁ、それなら山に籠れって言ったよ? 違うよね? 瑞月ちゃん、もう気が付いているんじゃないの?」  絵の具がついに混ざり合う。 『逃げないでくれ、瑞月』  だったらなぜ、父は最期に屋敷神に許しを請うていたのか? 『助けてくれ』 『許してくれ』  その言葉は誰に向けられたものだったのか?
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