3.こっくりさん

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「いや」  瑞月は呟いていた。  狐狗狸の満足そうな笑みの前で。 「そうだよ、瑞月ちゃん。逃げ切れなかったんだ。狗神憑きは逃げられない。退治を怠ると殺されてしまうから――他ならぬ、狗神自身によってね」  それから、彼は語った。狗神と狗神憑きの間に交わされた、本当の契約について。  そもそもの話、怪異とは現世(この世界)の存在ではない。常世と呼ばれるもうひとつの世界から、理を破ってこちらへと渡ってきた存在だ。彼らは悪意の有無にかかわらず、現世の秩序を乱してしまう。  それを戒めるために呼び出されたのが、狗神という存在だった。初代狗神憑きとなった瑞月の先祖は、常世から狗神を呼び出し、とある場所へと封印した。そして、自らと契約するよう脅したのである。  怪異退治に協力すること。その見返りに、狗神は怪異を喰らい力を付ける。十分な霊力が溜まれば、狗神は封印を破り、常世へと帰ることができるのだ。  しかし、問題がひとつあった。狗神はそれを指摘する。  狗神憑きは血筋によって継承される。だが、受け継がれるうちに、怪異退治という契約を果たすことを拒否する者が現れるのではないか、と。 初代は狗神からの提案を承諾した。  それすなわち――狗神憑きが怪異退治を放棄しようとした時、狗神はその者を殺し、次の継承者へと引き継がせることができるということ。 「前任の狛江宗助は優秀な狗神憑きだった。しかし、彼はある時、どうしても彼では退治できない怪異に出会ってしまったんだ。彼は大怪我を負い、そして、二度と怪異退治へと赴くことができなくなった」  瑞月は唾を呑み込んだ。  大怪我をして以来、何かに怯えるようになった父。あれは怪異に怯えていたのか、それとも。 「彼は必死で探したようだよ。狗神憑きを娘へと継承させずに済む方法を。狗神を封印から解放さえしてしまえば、これ以上狗神憑きを継承する必要はなくなるわけだからね」  それで、手紙の文面へと繋がるのだ。結局、宗助はその方法を見つけることができなかった。彼にできたことは、娘の安全を祈りつつ、怪異退治を強いることだけだったのだ。 「そんなの……」  だから、父は殺されたのか。  父を殺した犯人は、確かに朔自身であった。 「信じられないなら、アイツに直接訊いてみな。少なくとも、君にとっては僕よりアイツの方が信用できるんだろう?」  あまりに意地の悪いもの言いに振り返れば、狐狗狸は愉悦の笑みを浮かべていた。  瑞月は再度手を振り上げた。振り上げたけれど、拳を握ったまま振り下ろすこともできずに、プルプルと憐れにも震えてしまう。彼女には、戸惑いや嗚咽が漏れないよう必死で唇を噛むことしかできなかった。
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