3.こっくりさん

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 昇降口へ向かう途中、奏流が瑞月の顔を覗き込んだ。 「どうかしたの、松野江くん?」  すると彼は残念そうに肩を落とした。 「あー、戻ってる」 「え、なに?」 「狛江さん、覚えてない? 昨日、保健室で僕のこと『奏流くん』って呼んでくれたの」 「へっ?!」  言われてみれば、そんなことをしたような気がしないでもない。いや、言った。どさくさに紛れて確かに言った。 「だだだだって、それはその、下の名前の方が短くて済むから……あの時は急いでいたし、ごにょごにょごにょ」  瑞月が真っ赤になって言い訳を呟くと、千咲がニヤニヤしながら彼女の腕に腕を絡めた。 「きゃっ」 「みーずきちゃん」 「えっ。ちょ、なあに?」 「えへへ。瑞月ちゃん!」  奏流まで一緒になって笑っている。二人と目が合ってから、瑞月はようやく下の名前で呼ばれていることに気が付いた。火照った顔がさらに熱を持っていく。 「ねえ、下の名前で呼んでいいでしょ? ダメって言っても、先に呼んだのは瑞月ちゃんなんだからね!」  奏流ははにかみ、赤くなった耳を隠すように肩を竦めた。二人の熱が伝番したのか、いつの間にか千咲まで頬を赤く染めている。 「瑞月ちゃん、かっこよかったねぇ」 「本当に。僕なんかよりずっとかっこいいよ」 「奏流くんはかっこいいっていうか、可愛い系男子だもんねぇ」  二人に腕を引き摺られながら、瑞月は大きく俯いた。長い髪が外界から彼女の顔を遮って。  きっと、仲良くしてはいけないのだ。  そう自分を戒めようとしても、今だけはどうか、嬉しいと思う気持ちを許してほしかった。
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