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漁船に揺られること五分。船は二時間後に迎えに来てくれることになった。こんなに島に二時間も何の用があるのかと、千咲も彼女の父も終始不思議がっていた。
「兄は陸生巻貝の研究をしているんです。だから、そのフィールドワークに」
「陸生巻貝?」
「カタツムリよ」
「うげー」
「なんでもいいけどよ。島の裏側にある洞窟には入んじゃねえぞ」
千咲の父は二人を送る際に言った。
「封鎖してあっから入れんだろうが。あっこにはバケモンが出る」
「なるほど。そこが目的地ってわけね」
船が港に戻るまで見送り、瑞月は朔に話し掛けた。彼は黙って頷き返しただけだった。
波によって削られた海岸は足場が悪く、磯特有の臭いが立ち込めていた。潮だまりに足を取られそうになっては朔に支えられ、やっとのことで歩きやすい草地まで辿り着く。
「島の中を突っ切るよりも、外側を回った方が確実かしら? どちらにしても、足場はよくなさそうね」
「宗助と来た時には島の中を突っ切った。よく見れば道があるはずだ……」
そう言う朔はなぜか顔色が悪い。瑞月は呆れ顔で彼の背を擦ってやった。
「まさか、船酔い?」
朔がキッと睨み付ける。
「そんなわけあるか。瑞月、君は大丈夫なのか?」
「何が?」
「この島はかなり瘴気が濃い。宗助もかなり苦労していたが……」
すると瑞月は「ああ」と言い、懐から封筒を取り出した。入っていたのは三枚のお札。
「あの物置部屋から剥がしてきたのよ。朔に私の手作りじゃ効果がないって言われたから」
「意外と根に持っているみたいだね……」
分けようかと申し出たが、朔は断った。そもそも、彼はそれに触れないらしい。
「それは瑞月が持っていてくれ。きっと宗助が守ってくれる」
「……だといいけど」
程なくして二人は下草に埋もれた道らしきものを発見した。歩きやすいかと思いきや、降り積もった松の枯葉が滑りやすい。結局慎重に足を運び、島の反対側に着く頃には、それなりの時間が経っていた。
朔の体調は目に見えて悪くなっていった。彼曰く、瘴気の根源に近付いているからだそうだ。
「朔、大丈夫?」
「大丈夫なわけないね。くそ、絶対に喰い殺してやるからな……」
漂着物を跨ぎ越して海岸を進む。目的地はすぐ目の前に現れた。
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