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「朔(さく)よ」
瑞月は隣に座った男性をそう紹介した。
「えっと……お兄さん?」
「は?」
苛立ちを通り越して怒りを孕んだ「は?」であった。奏流がビクリと肩を縮めると、彼女は気まずそうに咳払いで誤魔化している。
「ごめんなさい。違うわ。朔はただの使用人よ」
「し、使用人」
瑞月はさらにばつが悪そうな顔をする。
噂には聞いていたが、瑞月の家がかなりの名家だというのは本当らしい。
朔は二人のやり取りに口を挟むこともせず、面白そうに瑞月を眺めていた。
「彼のことはどうでもいいのよ。ただ、彼はその……そういうものに詳しいから。松野江くん、続きを話してくれるかしら?」
「あ、うん」
奏流は二人の視線に居心地の悪さを感じながら、声に追われるようになってからのことを説明した。
声は決まって奏流が独りでいる時に聞こえてくる。大抵は下校途中。呼び掛ける言葉は「おーい」という一言が基本だが、今日初めて違う言葉を聞いた。
「その声はひとつ?」
瑞月が訊ねる。
「同時に複数の声が聞こえたことはないから、ひとつだと思う。ただ、男の人にも女の人にも聞こえるんだ。色んな声音に変えてるみたい」
それから、奏流は躊躇いがちに目を上げた。
「さっきの声、狛江さんにも聞こえたんでしょ?」
「いいえ」
「えっ」
奏流の顔色が蒼くなる。瑞月は素っ気なく答えた。
「私には何も聞こえてないわ」
「じゃあ……やっぱり、僕の幻聴って可能性も……?」
「安心して。それはないわ」
何が安心できるのかはわからないが、彼女ははっきりと否定した。
「朔が怪異だって言うなら怪異なのよ。って言っても納得できないと思うから聞くけど、松野江くんには最近心に不調を来すような強いストレスを感じる出来事はなかったんでしょう? だったら、不運にも怪異に目を付けられたって考えた方が、可能性的にあり得ると思わない?」
「わかんない、けど……本当にたった一回返事をしただけなんだ。それだけでも目を付けられてしまうもんなの?」
その問いに、なぜか瑞月は苦々しい顔をした。代わりに答えたのは朔である。
「もちろん。むしろ、それだけで十分な理由になる。君は怪異を『認知』したのだから、相手だって君を認知できるようになるだろうさ」
「犬と同じね。目が合うと吠えかかってくるわ」
朔は黙って瑞月を見たが、彼女はつんとそっぽを向いただけだった。
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