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「でも」
「あれはただの『声』だからね。本体はずっと元の山にいる。奴は山から動けない。だから、呼び掛けて餌を自分のもとまで来させようとしているのさ」
「なによそれ。だったら御柘山に近付かなければいい、ってわけでもないのよね?」
「あの声は呪術的なものだ。答えたら最後、体を乗っ取られて山に連れて行かれる」
奏流は絶望から手に顔を埋めた。
「無理だ……無理だよ。奴はどんどん巧妙になってるんだ。不意を突かれるだけじゃなく、知り合いの声を真似たりして――どんなに気を付けてたって、いつか絶対に答えちゃうよ」
「でしょうね。早急に手を打たないと。朔、どうしたらいい?」
「御柘山に行くしかない。でないと俺は食べられない」
「え? 食べ?」
「気にしないで」
首を傾げた奏流に瑞月は急いで言った。
「それは松野江くんにも来てもらった方がいいのかしら?」
「ああ。でないと、山に行ったところで奴は姿を現さないだろうから」
「松野江くん、いい?」
「う、うん……怖いけど、行かないわけにはいかないんだよね……?」
「まあ、そうね」
奏流は深々と溜息を吐いた。
その後、三人は御柘山に行く日程を打ち合わせた。御柘山は彼らの住む神無月市(かんなづきし)から電車で二時間半ほどの場所にある。日帰りできる距離ではあるが、放課後向かうとなると、現地に着く頃には夜になってしまうだろう。
「夜はダメ。夜は絶対に無理」
奏流が頑なにそう主張したので、最終的に明後日の土曜日、朝一で駅に集合することになった。
「明後日まで堪えなきゃいけないの、大丈夫かなぁ……追い払ってくれたわけじゃあないんだよね?」
奏流は不安げに両手を握り締めた。
「声はそのうち戻って来ると思う。絶対に返事をしちゃダメよ」
「正直言って、自信ない」
「頑張って」
と言いつつ、瑞月も心配そうである。彼女に求められて、朔が面倒くさそうに肩を竦めた。
「所詮は声だ。聞かなければいいんだよ」
「どうやってですか……?」
「騒々しくしているといい。それから、できるだけ独りにならないようにして」
「うぅ、わかりました。何か考えます」
奏流と瑞月は連絡先を交換し、明日また学校で会う約束をして別れた。
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