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「狛江さん、ああいう人だったんだな」
自室に着くなり、奏流は鞄を下ろして呟いた。
狛江瑞月は所謂クラスの高嶺の花で、誰もがお近付きになりたいと思う反面、近寄りがたい謎多き存在だった。親を亡くしたという事情然り、名家という家柄然り。その後、メッセージアプリでクラスメイトに訊いてみたが、彼女の実家はこの辺りの土地を治めていた大地主の家系らしい。そう言われてみれば、あの高飛車というか堅苦しい口調にも納得がいく――かもしれない。
しかし、奏流の心はざわめき続けていた。
自分が怪異に狙われているという事実。狛江瑞月が見せた狼のような謎の疾風。そして何よりも、彼女が連れていた朔という男のことが、妙に心に引っ掛かっていた。
あまりに端麗な容姿だけではない。それ以上にあの男の眼差しに不快なものがあった。あれは侮蔑でも、面白がっていたのでもない。むしろ、そう。獲物を見つけた時のような――……。
とはいえ、奏流は己に言い聞かせた。
瑞月と朔がどんな能力を持っているにせよ、彼女らが自分を助けてくれるのだ。怪異に目を付けられたのは不運としか言いようがないけれど、明後日になれば解放される。
あと二晩。
「大丈夫、大丈夫……」
不思議なことに、そう呟けば呟くほど、不安は募っていくようだった。
奏流は努めて普段通りの生活を送ることにした。スマートフォンで遊び、夕食を食べ、入浴を済ませ。テレビを見ているうちに就寝時間になっていた。
「奏流、もう寝なさい」
母親がそう言ってテレビのリモコンを取る。奏流は慌ててソファーから身を起こした。
「待って。まだテレビ消さないで」
「まだ寝ないの? 夜更かしするとまた寝坊するわよ」
「う。あの、見たい番組があるから……」
ごにょごにょと言い訳をしてやり過ごすと、自室から掛け布団を取ってきた。
「騒々しくしていろ」という朔の助言に対し、奏流が考えた策がこれだ。テレビを点けっぱなしにして、リビングのソファーで一夜を明かす。照明を落とした部屋でぼんやりと浮かび上がる退屈なバラエティーは、むしろ一層不気味に見えたが、布団の中できつく目を閉じることで頭から追い出すことにした。
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