1.ヤマビコ

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 ザワついた心は次から次に嫌な妄想を掻き立てる。  それでも、いつの間にか眠ってしまったようだった。  不意に目を覚ました奏流は、自身が酷く凍えていることに気が付いた。どうやら掛け布団がずり落ちていたらしい。掛け直そうと暗闇の中を弄っているうちに、もうひとつ嫌なことに思い当る。  テレビが消えているのだ。  動揺すべきでない、と気持ちを落ち着かせる。きっと知らぬ間に母親が起きてきて消したのだ。何もおかしいことなんてないじゃないか。  目が段々と暗闇に慣れ、薄っすらと卓上に置かれたリモコンを捉えた。ソファーの上から手を伸ばす。と、彼よりも先にリモコンに覆い被さる手があった。  手が。  顔を上げる。 『ソレ』は目と鼻の先にいた。  人型のシルエットには目も鼻もなかった。やけに大きな耳と、両の耳を繋ぐように引かれたしわがれた線。『ソレ』がぱっかりと口を開けると、顔のすべてが大きな洞のようになった。  声が。 「おおおぉぉぉーい」  呼ぶ。 「う、うわああぁぁぁぁぁ……っ!」  咄嗟に口を噤んでももう遅い。涙に滲んだ視界の中で、化け物の輪郭が変わっていく。『ソレ』は確かに笑っていた。 「やっと答えてくれたあぁぁ――……!」  枯れ枝のような指が奏流の顔面を捉えた。化け物の笑みに呼応するように、奏流の口が大きく開く。  彼は悲鳴を上げていた。声にならない悲鳴を。  その口の中に、化け物が頭部を差し入れる。凹凸のある湿った舌触り。吐き気を催す暇もなく、『ソレ』は奏流の中へと這い進んでいった。
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