愛犬『ルナ』

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両親を事故で亡くし施設で育った私は、社会人になりルナという名前のヨークシャテリアの女の子と一緒に暮らしている。 ずっと私にくっついていて、ウェブ会議中のカメラにも映り込みみんなのアイドル的存在になっていた。 ある日ルナがベッドでぐったりしていることに気付き、いそいで動物病院に連れていった。体が熱く、かなり熱が高そうだ。 検査の結果、肝臓に腫瘍と思われる影があり膵炎もおこしていたため、すぐに入院して点滴治療を始めることになった。 不安そうな瞳で見つめられると胸が締め付けられるように苦しいけれど、仕事があるので帰らないといけない。 ちゃんと毎日会いに来るからね、と背中をなで、振り返ることはせず診察室を後にした。 翌日、面会を終え出口に向かう私を引き留めようと一生懸命鳴いていたけれど、三日後には鳴くことも頭を上げることもできず、本当に寝たきりになってしまった。 先生からは、点滴の効果もほとんどなく手術に耐えられる体力もないだろうと言われてしまった。このまま入院していたら、もしかしたら最期に会えないかもしれない...と。 私はルナを連れて帰ることにした。 もしかしたら私のわがままかもしれないけれど、でもここで効果を期待できない治療を続け辛く寂しい思いをさせるより、家でいつもみたいに過ごしたほうがルナも幸せなんじゃないかと思ったから。 動物病院では寝たきりだったけれど、家ではフラフラと歩き私についてまわるぐらい動けるようになった。 それから二週間ほど、ルナはいつもみたいにずっと私にくっついて穏やかな時間を過ごすことができた。 再び寝たきりの状態になってから二日後、自力で頭を上げ一度だけクゥーンとか細く鳴いて眠るように亡くなった。 だんだん体温を失っていく小さな体を抱きしめ泣き続けた。ルナが私の唯一の家族だったのだ。 ルナは私のところにきて本当に幸せだっただろうか、もっと早く検査をしていたらまだまだ長生きできたかもしれないのに、といろいろ考えてしまい涙は止まらない。 けれど今は、艶がなくなりパサパサになった毛を丁寧に拭きブラッシングをしてあげよう。 きれいな体で送り出すことがルナにしてあげられる最後のお世話だと思うから。 火葬を終え小さな小さな骨壺に収まったルナを、いつも寝ていたベッドに置きおやつと水を供えた。 心にぽっかりと穴があき、いつもより寒く感じる部屋で何もする気になれず、気付くと涙を流している日々が続いた。 それから一年ほどが過ぎたころ、なんとなくフラフラと散歩をしているとどこからかルナの鳴き声が聞こえたような気がした。 はじめは気のせいだと思いながら歩いていたけれど、ずっと聞こえ続ける鳴き声はまるで私を呼んでいるようだった。 声のするほうへ走り、たどり着いた場所は神社の隣にある小さな公園。 その片隅にあるパンジーが咲き乱れる花壇の中から声が聞こえる。 近づいてみるとペットキャリーが置かれていて、中には黒い子犬が入れられていた。 ルナと同じヨークシャテリアだ。いつからここに置かれていたのか、小さな体は冷え切っている。プルプルと震えている子犬を抱き上げコートの胸元に入れ暖めた。 念のため動物病院で診察をしてもらうと、生後一ヶ月ほどの女の子で健康状態に異常はないと言われ一安心。 家に連れて帰りお風呂に入れるととても気持ちよさそうにうっとりした顔をしている。ルナもお風呂が大好きだったな... キッチンに立つ私の足下で、後ろ足だけで立ち上がり前足を目一杯伸ばして抱っこを要求してくる。そんな仕草もルナと同じだ。 何も教えていないのにトイレもできたし、リードをくわえてお散歩に行こうと誘ってくる。 まるでルナが帰ってきたような気がしてつい『ルナ』と呼んでしまった。すると子犬はちぎれんばかりに尻尾を振り私に飛びついてきた。 ルナが生まれ変わって帰ってきてくれたとしか思えなくて、涙が止まらなかった。 泣いている私の手をなめて慰めてくれたり、頭をこすりつけて甘えてくるのも、好きなおやつやおもちゃも、全部ルナと同じだ。 骨壺に手を合わせ、この子を家族に迎えることを報告した。 すると子犬は小さくワンと吠えて、骨壺の隣にお座りをし私をみつめてきた。亡くなったルナが『ただいま』って言っているみたいだ。 新しい名前を考えていたけれど、やっぱりルナのままにしようと思う。 私は子犬の背中をなでながら 「ルナ、また会えたね」 とつぶやいた。 ルナはうれしそうに尻尾を振り頭をこすりつけてきた。
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