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たいせつな傷
次の休日、中古アンドロイドショップを訪ねて、彼女を眺めた。同じ顔をした、別人。僕にひとときの夢を与えた。大事なことに気付かせてくれた。
この店の片隅で出会わなければ、僕は過去と向き合えなかったかもしれない。
「ありがとう」
眠りにつく彼女が、『どういたしまして』と応じた気がした。
僕はその場を離れ、カウンターの向こうで読書する老主人に対し、口を開いた。
「あの……何度もお邪魔してすみませんでした」
彼は乾いた音を立ててページをめくると、顔を上げずに答えた。
「来るものは拒まん」
僕はホッとした。そして「ありがとうございました」を頭を下げ、静かに店を出た。
ここへ来るときは、雲の向こうに青空がのぞいていたけれど、いつしか暗くなり、ポツポツと雨が降り始める。僕は路地裏を抜けていく。一歩すすむごとに、夢見た彼女との未来が遠ざかった。
一抹の淋しさを、かつての記憶が覆う。喫茶店に出向いた僕を、あの子が笑顔で出迎える。
「いらっしゃいませ」
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「かしこまりました」
「お待たせいたしました」
「どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さいませ」
頭の中にある映画のフィルムをまわせば、あの子とともにあった時間が鮮やかに再生される。
弱雨が髪を濡らし、頬からあごを伝ってポタポタ落ちる。こうなってしまえば、分からない。
永遠に君を失ったまま、哀しみを抱えたまま、つたない自分を後悔したまま。
僕は生きていく。
痕の残る傷とともに。
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