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望み
眠っているような彼女は、『あの子』ではない。でも、あくまで量産品のひとつだ、と割り切れなかった。
ショップ自体が僕の妄想なのでは、と疑ったが、日を改めて同じ道を辿ると、中古店はきちんと存在していた。
僕は彼女の前に立つ。
喫茶店の常連客によると、『あの子』は落ちてきた荷物から主人をかばった際、左肘にダメージを負ったらしい。修理したが、こぶのような感触があるという。
僕は、ビニールに包まれた彼女の左肘に触れてみた。人間のような骨格で、とくに違和感はない。
やっぱり、別人なのだ。
だがこの子を購入すれば、サファイアの瞳が僕を映し、主人への笑みを浮かべ、語りかけると応じてくれる。そんな未来を求めずにいられるだろうか。
僕は、あの子にはなにも働きかけることができなかった。この子となら関係を築いていけるのでは。
もし、仕事を終えた僕が帰宅したとき、彼女が笑顔で出迎えてくれたら。二人と猫で、食事ができたら。休日に連れ立って散歩したら。
いますぐ料金を支払って、一緒に帰りたいぐらいだ。でも、感情がたかぶっている自覚があったので、決定的な行動に出るのは避けた。
これほどの熱意があるなら、明日でも明後日でも気持ちは変わらない。
ショップを出てから、高揚を抑えられず、帰路を走った。夢のような未来が僕を待っている。人目がなければ叫んでいたかもしれない。
帰宅して、迎えた猫を抱き上げ、踊るようにベッドに倒れ込む。
この家で彼女と暮らす。二人暮らしには足りないものがたくさんある。街へ出ていろんな買い物をしよう。カーテンもテーブルクロスも、彼女が好む色に替えるんだ。
彼女は仕事を手伝ってくれるだろうか。やはりお菓子を売るのは、かわいらしい女の子がいい。僕は作り手に専念して、新作をいくつも生み出してみせよう。
明るい想像は際限なくふくらみ、興奮はいつまでも冷めなかった。
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