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結論
夢を見た。
その日の最後のお客さんを見送ったあと、彼女が振り返って「お疲れさまです」とにっこり笑いかける。そして、陳列棚に視線を向ける。
「今日も完売しましたね、紅茶クッキー。『リピーターです』と仰るお客さんもいらっしゃって」
それから、個包装されたマドレーヌを手のひらに乗せる。
「みんなを笑顔にします、――さんのお菓子が」
その途端、世界が弾けた。
朝を迎えた僕は、昨夜の浮かれた気持ちが消えていることに気付いた。
午前の仕事をこなし、昼食をすませたあと、両替のため銀行に出向く。そして預金額を確認する。中古のアンドロイドを購入しても、まだ余裕がある。
だが、その事実がやりきれなかった。
彼女に微笑みかけてもらえたら、僕はきっと満たされる。ともに暮らしていく、それはどんなにまぶしい日々か。僕の人生なのだから、望みを叶えるのは自由だ。
でも、分かってしまった。新しい彼女がどれほどあの子にそっくりでも、過去の埋め合わせにはならない。
新しい道を歩んでいくならともかく、後悔を塗りつぶすために彼女を手に入れても、胸の痛みは癒えない。
紅茶クッキーは、あの子を失ったからこの世に生まれた。
そして、僕の名前を知らないあの子は、軽やかな声で呼びかけてくることはなかった。
喫茶店がなくなったころ、あまりにつらくて、記憶をなくしてしまいたいとさえ思った。二年たったいまでも、それは叶っていない。
胸に哀しみが去来するのは、かつての時間がなにより大切だったから。いまだに苦しいのは、かけがえのないぬくもりだったから。
たとえ痛みを伴うとしても、忘れたくない。これからも僕の中で生き続けてほしいのだ。
そこにあるなら、心で触れられる。
だから、このままでいい――。
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