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クーフク
今日は頼まれごとを引き受けて、居候する寺裏の一軒家を出た。
この家の3人きょうだいのうち、末の弟の子守りをしろと。
地方都市の郊外の、ベッドタウンのその外れ。
なだらかな丘陵地帯で、森の隙間にできたような住宅街。
小中学校が点在し、比較的治安の良い町。
半分林のような公園がいくつもあり、朝から子どもの声がしている。
その声のうちのひとつが、今僕が見張っている子だ。
小学1年生にもなれば、子ども同士だけで遊ぶものだと思うのだが、なるほど他の子と比べてひときわ身体の小さいその子は、すぐに立ち止まったりしゃがみ込んだり、同級生の遊びについていけていない。
それでも1人で不貞腐れず、友と一緒にあちこち駆け回っている。
おにごっこというのは、いつの時代でもやるものなのだな。
健全な遺伝子。
健全な肉体。
健全な精神。
健全な発育。
同級生も、息を切らした小さいあの子は狙わずに、他の子を狙って駆け回る。
「くうちゃん、はやくはやく」
少しの間足を止めて息を整えたその子を、他の子が見計らって手を引き、遊びに巻き込んでいる。
健全な、優しさ。
それでも、何かあれば大人が対処しなければならないほどには、危なっかしい足取りなのだ。
太陽が真上に昇る頃まで駆け回った子ども達は、ふと誰ともなく解散する空気になる。
「お腹すいたー」
健全な、空腹。
その一言に。
僕はベンチから立ち上がる。
「みんな、お家でご飯が待ってるよ。
気をつけて帰りな」
「じゃあまたねー」
みんな帰っていく。
「くうちゃん、一緒に帰る?」
よく手を引いてくれた子が、声をかけていた。
健全な心配。
くうちゃん、と呼ばれたその子は首を振る。
「じゃあね」
手を振るその子に、僕も振り返す。
「…お腹すいた」
去っていった友だちを見送って、ぽつりと呟く。
この子はいつも。
いつもそうなのだ。
手を握る。
手を握ると、くうは歩き出す。
「帰る」
「うん」
手を引かれて、僕も歩く。
蝉の鳴き始める季節。
気候変動の影響で気温は上がり下がりを繰り返す。
今日は涼しい風が強く吹く中、変わらない太陽が輝く。
「くう」
「謝んないで、きよちゃん」
「…うん」
この子は、不健全な、空腹。
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