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里中君のメールはとても文学的だった。小説好きの彼は作家になることが夢だった。多くの作家を輩出している東京の私立大学で文学を専攻したいと語っていた。でも、県会議員の祖父、県庁勤務の父親、地元の銀行を結婚退職した専業主婦の母親という地方エリート一家に生まれた彼には、そんなリベラルな人生は許されなかった。
「最近、毎晩のように中学や高校の時のことを思い出すんだ。思い出のアルバムをめくるように、1ページ、1ページ、いろんな場面が浮かんでくるんだよ。そして、どのページにも夏澄がいる。一緒にいる時は、それが当たり前で気が付かなかったけれど、今は夏澄の笑顔に、存在に、どれだけ励まされてきたのかがわかる。ありがとう。でも、この先はどうなるんだろうか。先が見えなくて不安なんだ。この先のページにも夏澄はいてくれるんだろうかって思うと、新しいページをめくる勇気がでないんだ」
正直、重かった。
あんなに大好きだった里中君。絶対に片思いだと思って、ずっと思いを封印してきた。その彼が逆に私に思いを寄せてくれている。でも、恐らくは浪人生活によって社会から遮断され、不安定な精神状態の中で、ふと振り返ったら、私がいた。それだけのことのような気がしてならなかった。
「弱気でごめん。でも、こんな格好悪い後ろ向きな気持ちをさらけ出せるのは夏澄だけなんだ。読み流してくれていいよ。君の負担にはなりたくない。思いを送れる人がいるだけで感謝している」
今思えば残酷だったが、私はその日から里中君からのメールに返信するのをやめた。メールの着信音も無機質な短い効果音に替えた。鳴ってもすぐに開けることもしなくなった。
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