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約束した場所で里中君はベンチに座って本を読んでいた。難しい顔をしていた。やせたな、と思った。髪は少し長めになって、顔はやつれていた。高校時代にもよく着ていたお気に入りのTシャツとカーゴパンツという出で立ちで、時間の止まった世界に生きている人のように見えた。
私の気配を感じたのか、里中君は顔を上げた。
私を認識した瞬間、嬉しさと悲しさが織り交ざった中途半端な笑顔で「やあ」と言って本を閉じた。小説が好きな彼があんなに難しい顔をして英語の構文集を読んでいたことに胸が痛んだ。
「やっと、会えたね」
彼ははにかんで優しい声でそう言った。私は微笑んだつもりだ。彼を避けてきて、今日会うことさえ億劫うだったことに軽い罪悪感を覚えた。
「メール、ほとんど返してなくてごめんね」
「気にしないで。それでもいいんだ、って言ったよね。僕のほうこそ、送り続けてごめん。でも、メールだけが夏澄とつながっていられる手段だと思うと、送らずにはいられなかったんだ」
なぜだろう。あんなに好きだった里中君に、こんなに必要とされているのに、それが光栄と思えなかった。浪人生の彼には、受験勉強に集中させてあげることが、「親友」として返せる最大の友情であるような気がした。
「あのね、私、好きな人ができたの」
そういえば一番早いと思った。一瞬で里中君の顔が曇った。私は彼を傷つけたのだ。彼が一番恐れていたであろう一言で。
その後、どんな作り話をしたのかはほとんど覚えていない。たしかバイト先だかサークルだかの先輩が好きだとかいった、そんな程度の話だった。子どもが嘘をついたことをすぐに忘れてしまうように、現実に起こらなかったストーリーは記憶には残らないようだ。
「その彼と一緒にいると、楽しい? 夏澄のことを大切にしてくれるの?」
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