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そう尋ねられて、私は里中君の顔が見られなかった。「うん」とだけ答えた。嘘をついてごめん、というよりは、早くその場面を切り抜けて、じゃあねと去りたいとさえ思っていた。
これでいいんだ。彼のために、私は嘘をついてでも彼に私を諦めさせて、受験勉強に気持ちを向けさせるんだ。そんな偽善的な言い訳を頭で考えながら、心はこの重圧から自由になりたい、それだけだった。
「もう、連絡しないよ。夏澄の東京での生活を邪魔したくないから」
頑張って微笑んで言ってくれているのが伝わってきた。もう、友達としても付き合っていけないのかと思うと急に寂しくもなった。
「また会おうね。中学の同窓会でもあった時はさ、笑って会おうよ。私達のことでみんなに気を遣わせたくないし」
受験が終わるのを待っているよ、とでも言ってあげたらよかったのに。私は自分のことしか考えていなかった。仲間内で気まずくなるのは嫌だった。
「いや。そんな集まりにはもう僕は行かないから、安心して」
「どうして? 私の顔も見たくない、ってこと? じゃあ、私が行かないようにするよ」
「違うんだ」と里中君は首を振った。
「夏澄がいない同窓会なんて何の魅力もない。でも、変わってしまった夏澄に会う勇気もない」
私は自分の無神経さを思い知った。「ごめんなさい」以外に適当な言葉が見つからなかった。
私達は繁華街である一番町に向かって定禅寺通りのケヤキ並木を歩いた。冬には無数の電球が灯る光のページェントで有名だ。仲間達と一緒にその下を歩いたときの楽しいひと時が思い出された。気持ちを研ぎ澄ます冷たい空気とみんなの口から吐き出される白い息。友達という安全地帯の中で過ごした平和で幸せな日々だった。そこにはいつでも里中君がいた。
「じゃあ、ここで」
アーケードの入り口で立ち止まると、里中君は「最後に一つだけ」と静かに言った。
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