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「工藤、行け!」
監督にいきなり呼ばれた。スコアは5対0、残り時間は3分。もう試合は決している。それでも出番は出番。シャカパンをぬぎ、緑のキーパーユニフォームと黒いトラウザーパンツになる。室内用のシューズのひもを結び直し、キーパーグローブを左手からはく。青森では手袋ははめるのではなく、はくものだ。
「早くしろ!」
急かされて、あわててゴールマウスの前に立つ。ろくに準備もしてなかったので体がガチガチだ。
(ちょっと、工藤さん、試合に出てるわよ)
(監督、女の子だからってひいきしてないかしら)
お母さんたちの声が、聞きたくないのに聞こえてくる。
(やべー、でけー)
相手選手の声もする。もはや人間あつかいされてない。
「ひ、左、来てる」
ボールが右サイドにあって、黄色のユニフォームがみんなそちらを向いてる。相手選手がその背後を取るそぶりをしてるので、声で伝える。けど、だれもそっちを見てくれない。
案の定、そこにサイドチェンジのパスが低く出る。完全に裏を取られてしまう。
「キーパー出ろ!」
ベンチから監督のどなり声。あわてて前に出て、体を横に倒した。けどシュートがワキの下を通っていった。
「じくねぇな!」
監督がめったに使わない津軽弁でそう言う。
じくなし、意気地なし。キーパーにとっては一番言われたくない言葉だ。
「出るの遅ぇよ!」
「もっと声出せ!」
うなだれながら、ゴールの中で止まったボールを拾う。
生まれて、すみません。
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