田村里保の場合

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田村里保の場合

 あの日、気付けば朝を迎えていた。  ベッドの上で着替えもせずに寝落ちしていたらしい。  紫色を残した鮮やかな朝焼けを私はきっと忘れないだろう。  ベランダから空を仰いで、冷たい空気を胸いっぱい吸い込んで決意した。  彼女たちの存在は、夢だったのかリアルだったのか、今となってはもうわからない。  もしかしたら私が生み出した幻想だったのかもしれないけど、その後の自分の人生を左右するには十分な出来事だった。  あれからすぐに転職した私は、遠い町に引っ越しをして、修二さんとも彰とも一切の連絡を絶った。  新しい仕事に没頭する日々の中、五年という月日が流れ、あの日会った彼女たちと気付けば同い年になる。  鏡の中の私は、痣もなく痩せこけているわけでもない。  金持ちでも貧乏でもない。  自由に人と会い、ローンや借金もなく自分のお金で生活ができている。  独り身ではあれど、楽しく気ままな今の生活には満足している。  ただ――。  今、私はまた人生の岐路に立たされている。    二年前に付き合いはじめた一つ年上の彼は、友達の紹介で知り合った人。  結婚歴もなし、束縛もなし、ごく普通の人だ。  性格も悪くないし優しいし、趣味も合う。  結婚したら、それなりの幸せが待っているのは間違いない。  彼からのプロポーズはすぐそこにある、予感。  きっと来週の私の誕生日には。  そんな中、転勤しないか、と会社から打診された。  引き受けたら将来出世するのは約束される、ただし転勤先はシンガポール。  行ってしまえば三年は日本に帰って来られない。  つまりは、彼とも三年間離ればなれになるのだ。  まだ誰にも相談できないでいる。  結婚を選ぶのか、自分の将来のための出世か。  さあ、どうする? どっちを選ぶ?      はああ、とため息をついてカードキーで自分の部屋の扉を開けた。  リビングから漏れる灯り、電気の消し忘れ……。  ガチャリと力無く開けた先には煌々と電気のついたリビングと。 「「おかえりなさい、里保」」  声のそっくりな二人の女性がテーブルを挟み向かい合い座っていて、私を出迎えたのだった。
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