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──2011年
この時俺は冴えない大学生だった。目標だけは高く結果は伴わず、後続にただ追い抜かれるだけの、そんな大学生活を送っていた。誰にも見られていないし誰とも分かり合えない。じゃあ分かり合える努力はしたか?途中からその気力もなかった気がする。次第に俺はネット空間に引き込まれていった。周囲から見ても異常でしかなかっただろう。「あそこなら俺は威張ることが出来る」そんな優越感や全能感をベールに実際の敗北感は劣等感を覆い隠していた。そのうち現代に生きるのが馬鹿馬鹿しくなり、かといって覚悟を決める勇気もなく俺は大学に行かなくなった。
「このままじゃ留年だな…でももうそれでいっか。俺は負けたんだ」
人通りの少ない時間帯、周りは講義を受けている時間帯、俺は駅でそう呟いた。これがアニメや漫画ならきっと目のハイライトが消えている風に描写されているのだろう。
「…帰るか。一人暮らしだから誰にも迷惑はかけてないしいいだろ」
改札を抜けようと歩き出す。いつもならこのまま電車に乗り家に引き返すだけなのだが今日は違った。
「あれ?相沢くんだよね…?」
「えっ」
名前を呼ばれてビクッとなる、しかしその顔を見て俺は更に驚くのだった。
「宝田さん…大学はどうしたの?」
「自分もサボってる癖に笑」
彼女は宝田さん、名前は残念ながら覚えていない。周囲に一線を画す美貌で頭もかなり良いと聞いたことがある。それにしても彼女がここに居るということは彼女の身の回りに何かがあったのだろうか。まずサボりでは絶対ないだろうし…
「私もサボったの、このキャラも疲れてきてさぁ」
サボりだった。自分とは共通点が一切ない人だと思っていただけに衝撃が半端じゃない。彼女もサボり常習犯なのだろうか、しかし彼女なら大学でも上手くやっていけそうだが、、
俺が考察を膨らましているなか彼女はサボりの理由について話し始めた。まるで誰かに気持ちを共有したがっているように。
「実は私…」
話は思ったより長引いて、しかしその内容は忘れ難いものだった。
「つまり…普段周りから顔的に頭が良いと思われてるけど本当は平均くらいで、しかし周りの期待からそれも言うことが出来ず複雑な毎日を送ってきたがこの頃嘘をつくのもキツくなってきて大学もサボるようになり現在に至るってこと…?なんというか、まだ信じられないな…」
「でも本当だよ?相沢くんも同じような理由じゃないの?本当はすごく真面目そうだけど」
自分ではあまり実感がなかったがそうか、他人からは真面目に見えるのか俺。
「俺もだいたいそんな理由かな、最初のうちはさー…」
自分のことを誰かに話したのは何ヶ月ぶりだろう。大して面識もないのに彼女の前でスラスラと思いを言えるのは
多分彼女に不思議な力があるからなのだろう。人を馴染ませる不思議な力が。
「うーん、やっぱちょっと宝田さんとは境遇は違うや。何か騙しちゃったみたいでごめん」
俺と宝田さんは立ち位置も期待度も違う、分かり合うのも難しい気がする。きっと意思が合わずガッカリしてるだろう。俺が次の一言を考えてる間に、
「分かるわぁ、追い抜かれるプレッシャーも努力と結果が比例しない悲しさも全部分かるよ」
「えっ分かるの、、?」
「分かるよ!私もそうだよ、毎日プレッシャー感じて生きてるし、なるべくキャラに合うように努力してるけどなかなか報われないし、同族扱いすんなって思われるかもしれないけど分かり合える部分も多いよ!」
ものすごくグイグイくる。てっきり俺と同じ心境の人なんて身近にいないと思っていた。みんな当たり前に前に進み当たり前に自分を追い越していく、その後ろ姿を見ては毎日ため息をついていた。でもいた、分かり合える人が。しかもこれまで雲の上の存在と思っていた人が分かってくれた。
「嬉しいなぁ…」
不意に言葉と笑みが零れた。
「あ、また明日も会わない?正直私も今の状況不安だから誰かと共有したいんだよね、これ知ってるの相沢君だけだから…」
「逆にいいの?俺そんな面白くないし本当に聞くだけしかできないかもだけど」
「それでもいいから!」
彼女が笑いながら言う。温かな笑みだ、その顔を見たら自然と明日会えることが何故か嬉しく感じてしまう。
「じゃあまた明日同じくらいの時間ここで会お!」
俺は頷いた。何か新しいことがこれから始まる、そんな確証のない自信が俺の心を満たした。
それから俺は彼女…宝田瑞稀とよく会うようになった。
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