二千年経っても忘れられない

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 南の島の観光地の洞窟の中で、女性の姿が彫り込まれた大きな石板の前に、ハンマーを持って立ちすくむ若い男。  石板に手を触れながら、涙を流し、そして石板の女性の頬をさする。  「会えると思っていなかったから。」  別人のようになった彼女が彼の心に語り掛ける。  「いつか会えると思っていた。」  「忘れていないでしょう?」  「当然。」  彼は石板を撫でまわす。  彼女のぬくもりを探す。  2000年の時を経て現世に蘇ったが、彼女はこの石板に封印されていて、生身の彼女と会う事ができない。  「私が死ぬ前に、共に誓った2000年の恋の約束は?」  「あなたが齢20年で死ぬのが悪いわ。あの後火山が噴火して島民は死に絶えて、私はこのとおりよ。」  「嫌だ。君に会う為に、私は全ての神による戒律を反故にして、持てる全ての血肉を悪魔に差し出した。」  「転生なんてしなきゃよかったのに。良い思い出のまま終われたわ。」  「待ってろ、今、そこから出してやる。」  「やめて、そんな事したら、私は永遠に失われてしまう。」  「もう一度君を抱きたい!」  ハンマーで石板を叩きつける。  「痛いっ」  「ダメか・・。」  若者はハンマーを放り投げて、石板の横に両足を投げ出して座り、首を垂れる。  「抱きたいだなんて。私の肉体はもう戻ってこないわ。」  「私は何のために現世に蘇ったのだ・・。」  「また会えただけでもヨシとしなさいよ。」  滞在の期限の1週間が過ぎるまで、若者の男はこの石板のある洞窟に通い続けた。  しかし、時が二人を引き裂く。  「また、来年、金がたまったら会いに来る。」  「そう。さよなら。あなたは今、何をしている人なの?」  「大学生。学生バイトで稼いだ金で、旅行客としてここに来る以外に、君に会う事が叶わない。」  「また来年ね。」  「いつか、大金持ちになって、この島を買い占めて、君に毎日会える、そんな俺になる。」  「何年かかることかしら?」  「2000年も待ったんだ。これくらいのことは全然平気だ。」  そして10年後、若者だった男は多額の富に恵まれ、彼女の石板ごと、この島を購入する。  「これで君は僕の物だ。」  彼女は無口で何も答えない。  「何故、何も話してくれないんだ。」  これでは折角、島を買った意味が無い。  「君の為に私は大きな会社を作って大金を稼いだ。この島を何百個も買えるくらいの金は手に入れた。」  洞窟の中に少女が現れる。少女の両親が現れて、挨拶をしながら一緒に洞窟を後にする。観光客だった。  孤独。  「もう一度君を抱きたかった・・。」  彼は、涙を流しながら石板の彼女に頬を寄せると、そのまま石と化した。  これで、二度と離れ離れになる事は無い。  二人の抱き合うように触れ合う姿が刻み込まれた石板のある洞窟は、この島でも有名な、恋人の恋愛成就の願掛けの観光スポットとして、語られるようになった。  そして十数年後、あの女の子が成人してこの洞窟を訪れる。  「行き違いね・・。」  石板の男の頬を撫でる。  彼女は、自分自身を描いた石板の女性と、瓜二つの姿に育っていた。  「せっかく、私も現世に転生したのに。」  涙を流しながら、男の頬にほおずりする。  するとどうだろう。石化していた男が生身の姿に戻るではないか。  二人は喜び、そして抱き合った。  2000年の時を経て結ばれた。  (おわり)
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