星の光

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星の光

 お風呂は、女子は普通の家で、男子は何人かに分かれて、ご近所の家に行った。 「こういう時、庄野がいないと、静かで、いいですよね…」 「ほんと安心だよな…」  堂前先輩と先生が、しみじみ、言い合っているのを、わたしは聞いてしまった。  晩ごはんは、茅葺(かやぶ)き屋根の古民家(こみんか)で、囲炉裏(いろり)の火で、ぐつぐつ煮たおみそ汁と、普通の家から持って来た普通の炊飯器3つのごはんと、またおばさんやおじいちゃんやおばあちゃんやおじさんが何人も、持って来てくれた野菜やおかずを、畳の広い部屋に折りたたみのテーブルを3つ、並べて、食べた。  古民家には、先生の親せきだけのおばさんだけが残って、他のおばさんやおじいちゃんやおばあちゃんやおじさんは、野菜やおかずを持って来てくれただけで、帰ってしまう。 「先生、あの(かた)たちって、何者?」  どこからか、わあーっと、やって来て、わあーっと、帰って行くのが、不思議すぎて、わたしが聞くと、隣で先生は「いご」?「えご」?謎の緑の食べ物を、口の中に入れるところだった。 「これ、何で、できてるんですか?」  誰かが聞いたら、おばさんと先生が顔を見合わせて、 「海藻(かいそう)?」  って、お互い、疑問形なんか~い。  先生は、謎の緑の食べ物をもぐもぐして、飲み込むと、答えた。 「テキトーに説明すると、親せき。」 「あんなに、いっぱい?!」 「何代(なんだい)か、(さかのぼ)ると、みんな親せきになっちまうような村だからね。上がった所、墓山(はかやま)があるの、見てみ。ず~~~~~~っと、同じ名前の墓が、ふもとから、てっぺんまで並んでる。子どもん時、ちがう墓に手を合わせて、お袋によく怒られてた」 「どうせ親せきなんだから、いいろ(いいでしょ)」  おばさんが笑う。 「みんな、名字(みょうじ)、いっしょだから、屋号(やごう)で呼び合うんだってさ」  OBさんが言った。 「『やごう』?」  わたしが聞き返すと、先生が答えた。 「来てた人たちが、名前、呼び合ってたろ。あれが、屋号。」 「そうなんですか」  聞いたことない名字の人が多いなー、と思ってた。――不思議の山の村に、わたしは迷い込んじゃったような気持ちになった。  ごはんを食べた後、火が点いて、鍋がぶら下がってる囲炉裏をスケッチもしたかったけど、みんなと、外に出て、星を見てた。あそこから、ぷにゅっと、流れ出る感触があった。 「わたし、先に戻るね~」  言って、わたしは普通の家に置いていた自分のバッグからマ×キヨのレジ袋に入れてたナプキンと、サニタリーショーツを持って、トイレに行った。パンツは思った通り、生理で汚れてた。  マジで、ヤんなっちゃうな。  元々、生理不順気味なんだけど、予定通り、ちゃんと来れば、夏合宿の前に終わるはずだったのに。中2の修学旅行の2日目の自由時間に、予定よりもかなり早く来ちゃって、お土産を買うお金で、みんなにバレないように、こそこそナプキンを買わなくちゃなんなくなったことがあった。だから、通学バッグも、おでかけバッグも、内ポケットには必ず、ナプキン入れとくし、お泊まりの時は、予定が有る無しに関係なく、ナプキン1袋とサニタリーショーツ2枚と鎮痛剤は、バッグに詰めるようにしてる。  晩ごはんを食べる前に、お風呂、入って、パンツ、履き替えたばっかなのにぃ。しかし、女子たちが、お風呂に入る時に、パンティーとブラジャーだけを手洗いして、おばさんに干すヤツを借りて、女子部屋で、干したのには、びっくりした。 「洗濯はするから、置いといて」  って、おばさんに言われてたから、わたし、普通に洗濯カゴに入れようとしてたよ。  トイレで、サニタリーショーツに履き替えると、汚れたパンツは洗面所のハンドソープで洗って、女子部屋に干した。トイレにサニタリーボックス、なかったなあ。どうしよう。  リビングルームへ行くと、(ふすま)の開いた入口から、テレビを家族と見てるおばさんに話しかける。 「すみません…」 「ん?何?」 「ちょっと、あの…来てもらっても?」  おばさん以外にも、おじさん、お兄さん、お姉さんがいて、「生理」なんて言えない。  おばさんは立ち上がって、来てくれた。わたしは廊下を歩いて、リビングルームから、ちょっと離れて、言った。 「生理、来ちゃって。」 「あらまあ、ごうぎだ(大変だ)。ナプキンね。ちょっと待ってて」  おばさんに、私は手を横に振った。 「いえ。ナプキンは持ってるので。その…使った後の、どうすればいいかな?って」 「ああ…。汚物(おぶつ)()れなんて、シャレた物、ないのよねえ」  おぶついれ。――方言(ほうげん)か? 「ほら、うち、トイレ、男女、分かれてるじゃない?だから、ちっちゃいレジ袋、置いて、済ませちゃうのよねえ。そういうわけにいかないよね」 「すみません…」 「うん。わかった。何とかしとく」 「ほんとすみません」 「いいのよ。何かあったら、言ってね。ガマンしないでね」 「ありがとうございます」  わたしは頭を下げた。  女子たちが帰って来て、お布団敷いて、ガールズトークを始める前に、トイレへ行った時には、フタ付きの小さいゴミ箱が、トイレに置かれてた。サニタリーボックスじゃなく、フツーのゴミ箱だから、逆に生理だってバレなくて、いいかも。  お礼を言おうと、リビングルームに行ったら、おばさんだけがいなかった。わたしが困ってると、お姉さんが立ち上がって、こっちに来て、小声で聞いた。 「お母さん?」 「あ、はい」 「もう寝ちゃったんだよね。えーと、アレかな?」 「はい。アレです」 「あれで、だいじょうぶ?」 「はい。すみませんでした」 「ううん。全然。困ったことあったら、言ってね」  先生の親せきの人、みんな、めっちゃいい人だ。  ガールズトークをしてるうちに寝ちゃって、夜中。お腹が(いた)(おも)くて、目が覚めてしまった。  ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ、カエルの声がする。星を見てた時、何の音なのか聞いたら、先生が「カエルの声だよ」って言い張るんだから、信じる。山に棲む妖怪の笑い声ではない。  男子は茅葺(かやぶ)き屋根の古民家に泊まるのに、女子は、戸にカギもないから、危ないって、普通の家に泊まらせられている。男子、ずるいー!と思ったけど、こうなっちゃうと、トイレのある普通の家でよかった。昔の人だって、生理、あったよね?ナプキンなんかないよね?どうしてたんだろう?  トイレに行きやすいように、わたしはドアの(そば)、汚さないように敷布団の上にバスタオルを敷いて、寝ていた。わたしは静かに起き上がって、パジャマのポケットにナプキンと、鎮痛剤を入れて、部屋を出た。スマホで足元を照らして、廊下を歩く。  「普通の家」といっても、2階建て5LDKに比べたら、広すぎて、キッチンまでの廊下は長く暗い。手探りすれば、電気のスイッチはあるんだろうけど、ヘンなところの電気を点けて、他の人、起こしちゃったら、悪いからな…。  キッチンで、スマホで照らして、コップを取って、スマホを置いて、水を入れて、鎮痛剤を飲む。  トイレに行こうと、スマホで照らして、廊下を歩き出す。 「わっ」  男の人の声がして、私は跳び上がった。 「人魂(ひとだま)かと思った…」  男の人の声――先生が言った。わたしは、ドキドキする胸を押さえた。 「先生こそ、驚かせないでくださいよ」 「金江か。悪い悪い。トイレに来ただけ。あっち、トイレ、ねえから」 「――男子、トイレを口実に、こっちに入って来れるってこと?」 「だいじょうぶだよ。家の鍵は、俺が持ってるから。俺を起こせって言ってる」 「先生は、トイレを口実に、こっちに入って来れるってこと?」 「信用ねえなあ。マジで、トイレだから。」  電気を点けて、先生は男性トイレ、私は女性トイレに入る。流音ボタンを押して、おしっこして、ナプキンを替えてると、先生の声がした。 「おやすみ、金江。俺、ちゃんと、あっち戻るから。おやすみ」 「あ、はい。おやすみなさい」  わたしがトイレを出て、スマホで照らして廊下を行くと、先生は玄関から出ようとしてるところだった。 「何?暗い廊下がこわくて、一人じゃ戻れない?」 「ちがいます~。先生が、ほんとに女子部屋に忍び込もうとしてないか、見張ってるだけです~」 「マジで、信用ないなー。ちゃんと茅葺き屋根のお家に戻るまで、見届けてちょうだいよ」  わたしは、高い段差のある広い玄関をスマホで照らして、自分のスニーカーを見付けて、履く。先生は待っていてくれた。  二人で、玄関を出た。ケケケケケケケケケケケケケケ、カエルの声。先生が空を見上げて、わたしもつられて、空を見上げる。ぼわっと、空自体が光を放ってるみたいに、数えられないほど、たくさんの星が埋め尽くしている。  晩ごはんの後、みんなで星を見ていて、思い出して、でも、言わなかったことをわたしは、先生に言ってみたくなった。 「星の光って、何万年もかかって、地球に辿り着くじゃないですか」 「ああ、うん」 「それって、ひょっとして、もう星は全部、滅びてて、本当は空は、真っ暗なのかもしれないって、わたし、小学生の頃、星の図鑑を見て、思っちゃったことがあって、」  全く何にもない暗闇に、ちっちゃな自分が押しつぶされるような感じがして、こわくて、こわくて、こわくて、ギャン泣きが止まらなかったことは、言えなかった。 「少なくとも、ここに――みんながいるだろ」  先生が言った。わたしは笑ってしまった。 「今、『俺がいるだろ』って、言おうとしてたでしょ~」 「――そうだよな。わかるよな」  先生が両手を上げて、胸の前で、グーにして、それから下ろした。わたしは、きょとんとする。 「何ですか。その謎行動。」 「――何でもないよ。おやすみ、金江」 「おやすみなさい。真っすぐ帰って下さい」 「帰るって。鍵は、ちゃんと締めろよ」 「締めても意味ないじゃん」 「ほんと信用ねえなあ」  先生は背中を向けて、歩いて行く。ケケケケケケケケケケケケ、カエルの声。街灯もなくて、先生の背中が、すぐに暗闇に溶けて行ってしまうのを、わたしは見てた。
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