モデル

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 冬休みが終わって、学校が始まると、わたしは美術室へ行った。油絵の具のにおいを「なつかしい」なんて思ってしまって、あれから長い長い時間が過ぎてしまったような感じがした。 「金江(かなえ)さん」 「芽唯(めい)ちゃん」 「金江(かなえ)」 「金江(かなえ)」 「芽唯~」  美術室に入って行くと、スケッチブックに何か描いてるみんなが、わたしの名前を呼んだ。わたしは真っすぐに先生のそばへ行って、言った。 「先生。モデル、やってくれませんか?」 「えっ!」と、みんなが一斉に声を上げた。イスに座ってる先生は、わたしを見上げて、言った。 「キャンバス作りからだぞ」 「スケッチブックを開いたサイズは、何号になりますか?」 「――F15だろうな。木枠(きわく)、あるよ」  先生はイスを立った。準備室へ歩いて行く紺色ジャージの背中に、わたしは付いて行く。先生はドアを開け、電気を点けて、準備室へ入る。わたしは入って、ドアを閉めた。先生が振り返って、頭を下げた。 「金江。ごめん」  蛍光灯に、きらきら白髪があちこち光る、ボサボサ頭。 「俺の勝手な気持ち、金江に押し付けてた。ごめん」 ――お母さんに投げ付けた言葉は全部、本当は先生に言いたかったんだって、わたしは気付いた。  あれから、お母さんとは必要最低限の会話しかしてない。おばあちゃん()で、何かあったな。ということを、お父さんも弟も察して、とばっちりを食らわないように、おとなしくしている。 「先生が『セルフヌード』って言ってたパステル画、五月さんが描いた絵ですよね?」  わたしは、先生に聞いた。 「――そうだ」  先生の答えに、わたしは唇の端で、少し笑った。先生がウソついたら、見下ろしてる後頭部、ブッ叩いてた。  わたしは、わたしだ。そんなこと、言葉で言ったって、何の証明にもならない。五月さんと同じ絵を描いて、わたしが五月さんの生まれ変わりじゃないと証明する。  絵の、どこがちがってたら、生まれ変わりじゃなくて、どこが同じだったら、やっぱり生まれ変わりだったってことになるんだか、全然わかんないけど。でも、何にもしないで、わたしが何者なのか、他人に決めつけられるのは、嫌だ。  頭を下げたままの先生が言った。 「金江。許してくれないのは、わかってる。でも、頭、上げさせてもらえないか?首の後ろが、(いって)え」 「そんなで、モデル、できるんですかぁ?」 「ポーズは、カンタンなヤツでお願いします」 「どうしよっかな~」  F15のキャンバス作りは、めちゃくちゃ大変だった。四苦八苦してるわたしを、みんなが笑う。わたしが部活に来なくなった理由を、誰も聞かないで、いつも通りでいてくれる。 「俺が、こっち、引っ張るから、ガンタッカー、打ちなよ」  鳥居くんが言って、わたしの手から張り器を取り上げて、引っ張ってくれた。 「ありがとう」 「わたしが支えてあげる」  小谷(おだに)さんが両腕を広げて、木枠(きわく)を支えてくれた。 「ありがとう」  わたしはガンタッカーを打つ。 「真っすぐに、ガンタッカー当ててんのに、打つと、どうして斜めになんだよ?!」 「鳥居くんが引っ張ってるとこ、打たなきゃダメじゃん!!」  鳥居くんと小谷さんの同時ツッコミに、わたしは言い返す。 「工作が苦手なのっ。図画は得意なんだけどっ」  キャンバスを作り上げて、ジェッソを塗り、3日間、乾かした後、やすりをかける。  やっと、絵が描ける。
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