肌の色

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肌の色

 みんながイスに座って取り囲む中、並べた机の上に、先生は、サンダルと靴下を脱いで上がった。そして、ためらいもなく、ジャージを、トレーナーを、アンダーシャツを脱いだ。ワキ毛ボーボー。 「モデル、やってくれませんか?」って言っただけなのに、先生は、わたしが描きたいものをわかってくれてる。 「脱~げ!脱~げ!脱~げ!脱~げ!」  男子たちが声を上げ、手を叩く。 「そーゆーわけには、いかねえだろっ。未成年の前に、(チン)(れつ)したら、捕まるぞ」  先生は言い返すと、机に置いてた真っ白なシーツを広げて、腰に巻き、片手で押えて、もぞもぞ、片手で、ジャージのズボンを脱ぐ。足は、スネ毛ボーボー。五月さんが描いたヌードは、ワキ毛も、スネ毛も、描かれてなかったよな……そこは、美化すべき? 「どうせ隠すなら、パンツ脱いだっていいじゃないスか」  こういうこと言うのは、フルオープンスケベ庄野(しょうの)先輩だ。 「脱ぐかっ!」  先生は言い返すと、片膝を抱き締めるように座り、片脚は伸ばし、膝に顔を埋めた。かなり楽なポーズを選んだな… 「そんなポーズじゃ、乳首(ビーチク)見えねえじゃないスか」  庄野先輩が文句を言う。先生は顔を上げた。 「黙って描くか、出て行け、庄野」 「リアル初ヌードが、おっさんなんて、俺、かわいそすぎる」  庄野先輩は、ぶつぶつ言いながら、立ち上がり、キャンバスとイーゼルを持って、イスを足で移動させて、先生の真っ正面に座り直した。  先生と庄野先輩は、真っ直ぐに見つめ合い、ほぼ同時に吹き出した。先生は、膝に顔を埋め、庄野先輩は先を長く尖らせたえんぴつで、キャンバスに描き始める。みんなも、描き始める。3年生は受験真っ最中だから、いるのは、2年生と1年生だけで、美術室を広く感じる。  美術室は、キャンバスに、えんぴつで下描きをする音だけが響く。吹奏楽部の演奏とか、校庭から野球部のカキーンッ!って、金属バットでボール打った音とかも、聞こえてるけど。  わたしはキャンバスに下塗りも、下描きもせず、キャンバスに色を直接、載せると決めていた。  五月さんがパステル画で描いた、張り詰めた筋肉は、名残(なごり)もない。やせた体には、骨が浮き、肌の色も白っぽい。  油画(ゆが)は、肌の下の血色を表現するために、緑を塗ってから、その上に、肌の色を塗り重ねる伝統的技法がある。肌の色も、茶系に白を混ぜるのが、基本だ。  わたしは、そんなのガン無視して、カドミウムイエローとチタニウムホワイトを、たっぷり、パレットに出して、ペインティングナイフで混ぜ合わせた。  チタニウムホワイトは、何色と混ぜても、くすませて、その色を喰ってしまうから、「(おおかみ)(いろ)」とまで呼ばれる油絵の具だ。その通り、明るい黄色は、くすんだ沈んだ色になってしまう。あはは。おっさんの肌色の、できあがり。  わたしは筆にオイルを付けて、絵の具を含ませ、キャンバスに塗り広げて、かたちを()()()いく。丁寧に輪郭(りんかく)を描いて、塗りつぶすなんてしない。  筆にオイルを付けて、絵の具を含ませて、キャンバスに塗り広げて、筆にオイルを付けて、絵の具を含ませて、キャンバスに塗り広げてゆくのを、繰り返しているうちに、五月さんが、線を重ねて重ねて重ねて、肌を描いた理由が、わかる。  肌を撫でるように、五月さんは、線を重ねたんだ。 「そうだよ」って、五月さんの声が聞こえるとこだよね!ここ!!ラノベとかならば。  でも、声なんか聞こえて来なくて、美術室には、キャンバスに、えんぴつで下描きする音だけが響く。吹奏楽部が、元気よく『あまちゃん』の演奏を始めた。
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