夏合宿

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夏合宿

 3泊4日の夏合宿は、先生の田舎だった。  朝早く起きて、電車に乗って、新幹線の始発に乗って、1時間に1~3本しか走ってない電車に乗り換えて、1日に3本しか走ってないバスを、美術部員+先生=11人で占拠して、降りると、絵に描いたような田舎の一本道だった。  右も左も、田。田。田。田。田。見回すと、360度、山。山。山。山。  むわっと暑くて、緑と土のにおい。セミが、ミンミンミンミンミンミンミンミン、ツクツクボーシ、ツクツクボーシ、ジージージージー、大合唱。  水よりも砂利(じゃり)の方が多い川が、恐ろしいほど下に見える橋を渡ると、見えて来たのは、茅葺(かやぶ)き屋根の古民家(こみんか)だった!  歩いて行くと、白川郷みたいな風景が!と思ったら、茅葺き屋根の古民家は1軒だけで、道を挟んだ向かいの家は、普通の家だった。一本道は、古民家と普通の家の辺りから坂道になって、その先に他の家があるのか、ないのか、見えない。  古民家に入ると、畳を敷いた広い部屋の壁際には、囲炉裏(いろり)があった!  茅葺き屋根も囲炉裏も、わたし、本物、生まれて初めて見た!!  しかし、2年生3年生は、去年も来てるから、はしゃぐこともなく、1年女子2人は、全く興味がなく、一人で、きゃあきゃあ、はしゃぐ勇気は、わたしにはなかった…  古民家も、普通の家も、先生の親せきの家で、(おも)に住んでるのは、道を(はさ)んだ向かいの普通の家だそうだ。古民家にトイレはないので、普通の家のトイレを使うように、先生に言われて、わたし含め何人かが、トイレに行った。トイレがないって、昔の人、普通に外で、してたんだろうか?  家のトイレなのに、男子用と女子用が分かれてる。すごい。  古民家に戻ると、先に宅配便で送ったキャンバスやイーゼルや画材を、段ボール箱から、みんなが出していた。キャンバスや画材に書かれたり、シールを貼られたりした名前を見て、ちゃんと分けられてる。  堂前(どうまえ)先輩、箱詰めの時から、細かすぎて伝わらないこだわり(命名・瀧澤先輩)を発揮してたけど、ほんと細かいよね~…わたしは、金江セットを見付ける。  美術部員全員が来てるわけじゃなく、瀧澤部長は、美術予備校に行ってて、いなくて、庄野先輩は、成績が悪くて、親に夏期講習に行かされて、来てない。  庄野先輩は、5月に応募した絵が入賞したのに、親は何にも喜んでくれなくて、「絵なんか描いてるヒマがあったら、勉強しろ」と言われたって、ヘコんでた。  意外と庄野先輩は、透明感のあるキラキラな空想画を描く。鳥居くんに言わせると、「フロイト知ってると、エロすぎる絵」だそうだ。わたしは『フロイト』って知らないので、鳥居くんが言ってる意味もわからない。  鳥居くんも来てない。理由は、聞いてない。2年は、庄野先輩だけかな?来てないの。3年は、やっぱり受験で、来てない人が多くて、部長・副部長がいないので、堂前先輩が、部長代理みたいな感じで仕切ってる。2年の副部長・玉木先輩は存在、空気。元々、(おもて)で動くタイプじゃなくて、何かあると、「やっておきました」って言うタイプなんだよね。新幹線で、いつの間にか冷凍ミカン買って、みんなに配るとか、乗り換えのたびに参加名簿で、人数チェックしてるとか、バスの運賃の合計金額、発車の前に、運転手さんと確認して、払っておくとか。  おばさんやおじいちゃんやおばあちゃんが何人も、野菜やおかずを持って来て、畳の広い部屋に折りたたみのテーブルを3つ、並べて、お昼ごはんに、そうめんを食べた。坂道の先にも、家はあるらしい。  おばさんやおじいちゃんやおばあちゃんは、野菜やおかずを持って来ただけで、帰ってしまって、1人だけ残ったおばさんが古民家の奥のキッチンで、麺つゆをお茶わんに入れて、水道水で薄めてるのを、わたしは目撃してしまった。思わず「うわ…」って表情(かお)をしてしまったのを、おばさんに気付かれて、笑われた。 「井戸水をポンプで()み上げている水だから、蛇口から出る天然ミネラルウォーターみたいなもんですて」  お茶わんに水道水を入れて、わたしに差し出す。水道水を飲むなんて嫌だったけど、飲まなかったら、ヤな子認定されるよね……我慢して飲んだ。  冷たくて、(にお)いもしなくて、美味しかった。私は言った。 「美味しいです」 「そうろう(そうでしょ)」  謎の言葉を返された。おばさんは笑顔だったので、ヤな子認定はされなかった、と思う。  食べ終わると、みんなで折りたたみテーブルを片付けて、先生は、畳の上、二つ折りにした座布団を枕に、昼寝を始めた。みんなも朝、早かったから、あちこちで、昼寝を始めてしまう。 「女の子は、雑魚寝(ざこね)ってわけにもいかないよね。向かいの、うちの方、来る?」  麺つゆのおばさんに言われて、他の女子は、いっしょに出て行った。道を挟んだ向かいの普通の家を「うち」と言うことは、先生の親せきなんだ。  わたしは新幹線で、アイスも冷凍みかんも食べずに爆睡して、乗り換えた電車でも、居眠りしてたので、眠くなかった。スケッチブックとえんぴつを持って、あっちこっち、寝っ転がってる男子を踏まないように、迷路を進むように歩いて、囲炉裏(いろり)の方へ行った。  囲炉裏を描くのに、ちょうどいい角度の所に先生が寝ていた。みんな、先生と添い寝なんかしたくないから、ぽっかりスペースが空いてて、仕方ないので、そこに、わたしは体育座りした足にスケッチブックを立て掛けて、囲炉裏を描き始めた。寝ている先生の存在は消去して。  古民家の中は、日の光が差し込まず、薄暗くて、えんぴつの白黒(モノクロ)で描くのに、陰影(いんえい)がいい感じだ。火が点いてなくて、鍋がぶら下がっていないのが、残念だな…。切った木が、囲炉裏の奥に積まれてるけど、勝手に火を点けてしまうような、わたしはバカではない。  描いていると、ふわぁっと、あくびが出た。寝息や、いびきが、ずっと聞こえていて、先生のバスタオルを掛けたお腹が、規則正しく上下しているのが見えているせいで、眠たくなって来てしまった。わたしも、お昼寝して来ようかな。スケッチブックを閉じる。古民家の前面は全開で、風が通って、涼しい。……もう、いいか。ここで。  もう1回、あくびをして、わたしは寝転がった。 「――起きて」  目を開けると、先生が見下ろしてた。目元、笑いジワ、シワシワの笑顔。  わたしは手で口を押さえて、あくびをする。何度も、何度も、何度も、「起きて」って繰り返す、先生の大きな声が聞こえてた。絶叫レベルの、泣き叫ぶような大きな声だった。わたし、そんなに爆睡してた? 「みんな、起きろ~!!」  先生が大声を上げ、手を叩いて、みんなが起き始める。
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