夏合宿

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 普通の家に行った女子たちは、おばさんといっしょにスイカを3つ持って、古民家に戻って来た。おばさんがスイカを切ってくれた。お皿じゃなく、横長(よこなが)の銀色のお盆に直接、載せられたのを、スプーンじゃなく、手掴(てづか)みで取って食べる。 「先生、お昼に天ぷら、食いましたよね?俺ら」  誰かが言ったが、もうかぶりついた後だったので、みんな、聞こえなかったふりをした。食べ合わせに科学的根拠はない、らしい。  男子は、スイカを持って、わざわざ外へ出て行って、種飛ばし競争をしている。  今日は、絵を描きに行かないで終わるのかなあ…  初めての油絵を描いた後は、体育祭の看板作りをして、中間試験があって、またキャバス作りで、みんなに笑われて、期末試験があって、夏合宿のお買い物に、みんなで行って、油絵の具セットを買って、全然、絵を描いていない。スイカ食べたら、囲炉裏の続きを描こう。スイカ、美味しいなあ。もう一切れ、食べちゃお。  外で、男子がギャアギャア騒いでる声とは、別の声が聞こえたような気がして、見る。 「こんにちは」  女の人2人、男の人3人が、あいさつをして、古民家を覗き込んでた。 「おお、来たか。スイカ、あるよ」  先生が手招きして、5人は、古民家の入口にキャリーケースや、キャンバスが入っているにちがいない大きなショルダーバッグを置いて、入って来る。 「久しぶりッス」 「久しぶり~」 「また今年も、夏合宿参加ですか」 「うるさいな!」  入って来ながら、みんなと、あいさつしたり、手を振り合ったり、言い合ったりしてる。  男の人たちがスイカのお盆のそばに座ろうとすると、女の人に引きずられて、他の人たちもいっしょに、奥のキッチンへ行く。しばらくして、ハンカチで手を拭きながら、手を振りながら、戻って来る。手を洗って来たのか。  お盆のそばに座って、スイカに手を伸ばす。5人とも、爪の中や、手のあちこちに、油絵の具がこびりついていた。 「お前ら、いっしょに来たの?」  先生が聞くと、5人揃って、首を横に振った。 「1時間に1本しか来ない在来線を来るのを待ってて、全員集合しちゃっただけ」 「でも、よかったよね~。タクシー代、割り勘(わりかん)できて」 「5人でしょ?1人、どうしたの?」  おばさんが聞く。 「天井に掴まって」 「トランクに入って」  男の人2人が同時に答えた。わたしは笑ってしまった。 「これレベルで、ウケるなよ、金江」  隣にあぐらをかいてる先生が腕で、わたしの腕を押した。スイカで両手が、ふさがってるので。 「大荷物だから、タクシー2台で、ちょうどよかったですよ」  女の人が言った。――5人は、美術部のOB、OGだった。そして、美大浪人生。 「美大受験なんて、二浪(じろう)三浪(さぶろう)、当たり前だかんな~」 「一浪(いちろう)で受かった先生に、俺たち二浪(じろう)三浪(さぶろう)兄弟の気持ちを語って欲しくないな!」 「ごめんごめん」 「まだ俺、一浪だから、兄弟じゃないから!」 「一浪がいなくちゃ、兄弟が成立しないじゃん!」 「もお~!やめて~!ドロッドロに煮詰まりきった予備校の空気から逃れたくて、空気の澄み渡ったド田舎まで遥々(はるばる)、来たんだからあ~。受験の話、禁止!!」  女の人が、胸の前に腕を交差して、×(バツ)を作った。さっきから気になってたけど、おっぱい、(おっ)きい…。もう1人の女の人は、スイカに夢中。 「君ね、ここにお住まいの(かた)に向かって、『ド田舎』って、失礼だよ」  先生に言われて、『ド田舎』発言した女の人は、慌てて謝った。 「ごめんなさいっ」 「ううん。ちっとも。」  おばさんは首を振って、笑った。先生に向いて、言う。 「あんたに言われなきゃ、『失礼』なんて思いもしないが」 「え~。俺が悪い?」 「そうだこて(そうだよ)」 「ごめんごめん」  おばさんの謎の言葉で、先生が謝らされた。わたしは笑っちゃって、また先生に、腕で腕を押されたから、押し返した。
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