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豹の町ではメロスが町の中を歩き回り、改めてヴラドの獅子の如き力の大きさと、教会に所属するものとは思い難い素行を知ることとなった。
ライオネス夫人は、先々代の国教会教皇の娘である。両家の婚姻と引き換えに教会へ金銭的に莫大な支援がなされ、ライオネス家は新たに作られた財務部の長という地位を得た。
林業や石材、土木にまつわる商会の集中する豹の町はライオネス家の庭である。そしてそれらは皆ヴラドの息の掛かった業界、ということになる。
「これが石のライオネス、か……」
鉄鋼を牛耳るエリュトロン家、石材と木材を掌握するライオネス家。眠り竜の頭と尾を抑えた両家の力はこの国の工業を支える柱である。
「だからといって、イオが巻き込まれて良いという話にはならない…」
いや、イオの考えだと自分もなにかに巻き込まれている、ということになるのだろうか?
答えの出ない疑問を抱えたままメロスが町を進んでいくと、商会の事務所の並びを囲う様に歓楽街が現れた。まだ日の高い時間であったため、店が開いている気配はない。ふと顔を上げると、二階のバルコニーで商売女が肩紐をだらしなく肩からずらし、下着一枚で煙草を吸っていた。
「あらァ……あんた、ヴラド様の客なの? ンまぁ良かったじゃない。おこぼれ貰えるわよォ。フフフフフ」
「おこぼれ?」
「カマトトぶるんじゃないよ兄さん。女に決まってるじゃないか」
「おっ…俺はそんな! くっ……は…話を聞かせてくれて、感謝する」
ふくよかだが爛れた色気を醸し出す五十代ほどの夫人に話を聞くと、メロスはあからさまに誂われた。ヴラドは妻子ある身でありながら、この街に来る度に女を数人、別邸に呼びつけて居るというではないか。メロスは夫人の視線から逃げるように更に歩き続けた。
なだらかな登り坂とともに、道は徐々に細くなり、人の気配も減って空気も何処か灰色を帯びてくる。
「よぉ坊っちゃん。何コソコソ嗅ぎ回ってんだい? ヒヒヒヒ…」
街を歩くうち、随分と奥まで来てしまったメロスは背後から声を掛けられ振り向いた。
「なぁ、ちょっと俺達に金貸してくんねえ?」
「結構いい服着てるよなぁ。お供も連れずに、田舎のお坊ちゃんかなぁ」
お誂え向きにメロスが迷い込んだのは細い路地で、左右は石でできた建物の壁に挟まれている。袋小路ではないが、地の利が有るだろう破落戸の仲間にもしこの先に回り込まれては少し厄介になりそうだとメロスは案じた。が、構えからして隙が多い破落戸だ。
「ああ、大したものは着ていないが、田舎者なのは認める。何故わかった」
臆する様子のないメロスに破落戸の一人がムッと顔を顰めた。
「テメェ…舐めてんのか。痛い目見たくなかったら金目のモン置いてけって言ってンだよ俺達はよぉ…!」
周囲の魔力がざわめき、破落戸が炎の魔法を使い、ボウッと火柱を空に向かって放つ。
「成る程な。貴様らの言葉は回りくどいが、俺の親友ほどではないようだ」
メロスに向かって短剣を向ける者が二人、再び炎の魔法を放とうとする者が一人。メロスもまた周囲の魔力をその身に集める。破落戸が手に掲げる種火が、メロスに魔力を奪われて小さくなってしまうほどに。
「金目の物など無い。手持ちの金は必要最低限だ。貴様らが金に困ってもう一歩も動けない程、腹を空かせているというのなら話は別だが、そうでもないのだろう」
男たちの要求をハッキリと跳ね除けると、一人が叫んだ。
「テメェ、馬鹿にしてんのか! 黒焦げにしてやる‼」
全員が今、メロスを見ている。メロスは目をつむり、駆け巡る魔力を一気に開放した。
「光よ」
次の瞬間、小さな太陽が現れたかのような光が、辺りを焼いた。
「ギャアアアッ! 目が! 目がぁ!」
ドサドサと男達が倒れ込む。二人の男は失神し、一人は地面に転がり頭を押さえ叫んでいる。
単純な光の魔法。ただしメロスのような出力が桁外れに高い者が使うと、それは熱を帯びたかのような閃光と化し、周囲を塗りつぶす。炎のように目に見えて残る傷を残さず、土魔法や水魔法のように特定の対象を必要としない光魔法。瘴気を避ける力を持つ魔法が、人間の悪意を挫くにも役立つということがメロスには誇らしかった。
さて、破落戸を無力化できたと見て、ふぅ、と一息ついて元来た道を戻り始める。
「マリーに話す土産話のネタが出来たな…」
等と呑気な事を呟くメロスの前に、まるで待ち伏せていたかのように一人の男が現れた。
「――メロス様、そろそろお時間で御座いますので、お迎えに上がりました」
「うわっ! …あ…貴方か……」
ヴラドの従者の現れ様は、まるで建物の影から生えてきた暗殺者にしかメロスには思えなかった。
「は……はは、いけないな。この程度で思い上がっては…」
「ははは、お若いのに謙遜なさる。随分街の外れまで歩かれましたな。して、何か収穫は御座いましたか」
従者は大きな通りへと出てメロスと並び歩く。
「……収穫になるかは分からないのだが」
「はい」
「貴方に稽古を付けて貰いたいと思った」
「ほう? 成る程、そうきましたか。……では、主に伺ってみましょう」
メロスの体感で、行きの半分の時間でヴラドの邸が見えてきた。その頭上を、四頭立ての鷲獅子船が、高台の発着場へと通り過ぎていった。
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