Ⅱ.ライオネス別邸の饗宴・前編(R18)

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 両膝に肘を乗せ、イオは前屈みになりながらヴラドに問い掛けた。 「んん? お前も、その二人が魔王だと思ってんのか」 「……可能性はある、かと」  イオの腹の中では、ヴラドに命じられて飲み込んだ張り型がまだずっしりと存在を主張している。 「およそ年に最低一度、調査を命じられた班が全滅してるって話は知ってるか? お前ら」  ヴラドは腕組みをしながら背もたれに体を預け、一見違う話題を切り出した。 「確かに瘴気の森で命を落とす者が多いのは知っていますが、全滅で……しかも定期的ですか」 「おう。まぁ詰め所の人の入れ替わりも激しい。長期的に記録を調べて、全滅したかどうかなんて確かめねえよな? んん」 「でも、そんな…遺された家族が集まったりしないんですか」  ヴラドがベルを鳴らすと、お茶を運んできたのとは違う妙齢の女中が葉巻一式を持って現れた。 「吸うか、お前ら」 「いや、俺は……」 「僕も結構です。噎せてしまいますんで」 「カッカッカッ。まあ良い」  先端を切り落とし、慣れた様子で火を付け煙を燻らせる。ヴラドは再び顎髭を撫でて天井へ青い瞳を向け、言葉を続けた。 「全滅しても構わねえ奴らだから……だとしたら?」  分厚い唇から吐き出された煙が、二人の視界を曇らせるように薄く広がる。 「…………」  沈黙する二人の表情を見て、ヴラドは顎を上げたまま葉巻を咥えて一呼吸する。穂先が赤く光り、ゆっくりと葉が灰へと変わっていった。 「お前ら、なんとなく分かってたんじゃないか。だからお前、色々と嘘ついて奴らに楯突いたんだろ? おお?」  ヴラドが喉奥で笑った瞬間、メロスが立ち上がった。 「何が可笑しい!」  ビリビリと空気が震えるほどの怒声を、メロスは目の前の雲の上の存在へ叩きつけた。 「俺は眼の前で人が襲われて、襲ったほうがまともではない死に方をするのを見た!」 「ちょっ…メロス」 「イオ! 蜥蜴の町(サウラーシャ)でライオネス卿に何をされたんだ。バシル叔父上はお前の体調を案じて診ていたのに、中断せざるを得なかったと言っていた!」 「それはッ…」 「ライオネス卿、森で俺達の仲間は酷い死に方をした。とても遺された家族に、本当のことは言えないような死に方だ。それが、死んでも構わない者たちの死に方だと貴方は言うのか!」 「メロス、止めろ!」  イオがメロスを止めようと手を伸ばし、お茶の残っていた杯に手が当たる。陶器の杯が転げ落ち、ぬるいお茶がメロスの足にかかり、割れた。 「ック……ハハハハッ! 良いなお前! そのイオギオスに庇われておきながら、正義の味方ごっこか? んん?」 「……すいません、ヴラド閣下。割ってしまいました。メロスもゴメン。汚した…」 「…………」  メロスが無言で腰を下ろし、足許の割れてしまった杯を拾い上げる。 「話を戻すが…森の中のソイツ等、言葉が通じるんだったな? お前らは話をして、生きて帰ってきた。しかも、また来て良いと許可まで出てる。お前たちを行かせた連中の目的を、俺達が掻っ攫えば先ず奴らに一歩先んじる事ができるだろう。わかるなオルメロス」  メロスと対象的に、ヴラドはそれまでと全く変わらない口調で語り続ける。茶を零して幾らか冷静になったメロスへ言い聞かせる。 「洗脳だが何だか、タネは分からねえが、また一年そのままにしたらまた十人同じ様に死ぬ。んん? 俺の言い方が気に食わなかったのはまあ良い。だが現実を見ろよ、ひよこ」 「……ヴラド閣下」 「どうした、イオギオス」 「俺と一緒に戻って来たもう一人は…どうなりましたか」  皿に杯の破片を乗せて、卓の上へと片付けるイオ。メロスは膝の上で拳を握りしめている。 「騎士団を抜けて、家に戻った切り誰も見てねえそうだ」 「な………」  驚くメロスをよそに、イオは薄笑いを浮かべてヴラドに向き直り、呟いた。 「でも、それが貴方の差し金じゃないと証明することはできませんね? まぁ良いですけど」 「イオ…!」 「閣下は、何故此の様なことを?」  濡れたメロスの足にハンカチを差し出しながら、イオが尋ねる。 「イオギオスなら兎も角、そこのひよこに聞かせても仕方のねぇ話だ」 「ひよ……」 「メロスには僕から言って聞かせます。だから此処で教えてください。閣下は教会をどうしたいんですか」  ヴラドの咥える葉巻は半分ほどまでジリジリと減っていた。硝子製の灰皿に火種を押し付けて消し、前に身を乗り出した。 「騎士団を教会から引っ剥がして、国の軍隊にする」 「其れだけですか?」 「んなわきゃねえだろ。だがお前の質問には答えた。以上だ」  ヴラドが再びベルを鳴らすと、例の男がやってきた。 「メロス様、お召し替えをご用意いたしますのでこちらに」 「…す……すまない。たのむ」 「イオギオスにはまだ個人的に用がある」 「えぇ? 僕は無いんですけどぉ」 「まったくテメェは生意気だな。おお?」  イオの口答えに喉奥でクツクツと笑う貴族を前に、イオはメロスへ目配せする。心配するな、と。
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