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話は前日に遡る。
「……イオは?」
メロスが着替えを終え夕食の席につくと、食堂に友人の姿はなかった。
「ガラニス様はお部屋でお休みになって居られます」
配膳にやってきたメイドにその様に説明されて、メロスは眉を顰めた。
「そんなに体調が良くないのに、アイツ……」
「飯の時間に陰気な面だなぁアンディーノの次男坊」
低い金管楽器のような響く声とともに背を叩かれ、メロスが振り返ると邸の主が通り過ぎていった。
「イオギオスが伏せっていると聞きました。貴方と話しているときに、何かあったんですか」
メロスは険のある言い方をせずに居られなかった。飄々とした態度で、イオは無理をしがちだ。
「何だ、俺が何かしたとでも思ってんのか? 酒は飲むか。葡萄酒、蒸溜酒、麦酒」
「……いただきます」
「葡萄酒を持ってきてくれ」
「畏まりました」
ヴラドが腰を下ろし、程無くして夕食が並べられる。
「お前が部屋に戻った後、今後の話を改めてしただけだ。ああ、今日は良い魚が入ったそうだ」
「今後っていうのは、どういう意味でしょうか」
「覚悟の話だ」
「――失礼いたします。お飲み物でございます」
メロスの前に並べられた陶器の盃へ赤い葡萄酒が注がれる。ボトルの中で揺蕩する小気味良い音に普段なら気が緩むのだが、今日はそんな気分にもなれなかった。
「…ありがとう」
配膳の使用人が一礼し、下がる。
「アンディーノ、ガラニス。お前等には騎士団、或いは教会内部に敵がいる」
ヴラドは背筋を真っ直ぐに伸ばし、食事を始める。丁寧に濾したポタージュ、大きな白身魚のソテーに野菜が添えられ、温かい小麦色のパンも並ぶ。
「お前達を財務部に異動させれば、今よりそいつらも手を出しづらくなる」
葡萄酒の盃を傾けながら今後について語るヴラドにメロスはパンを千切りながら沈黙する。
「お前に書類仕事は向いて無さそうだが、読み書き計算は一通り出来るだろう。んん? 俺の護衛を任せる手もあるが…ガラニスが嫌がるか? 後ろから刺される事は無くなるだろう」
ヴラドは短く笑いながら皿の上の料理と共に速いペースで盃を空にしていく。
「俺のような貴方に比べれば小さな人間の敵が、閣下に更に増えることになるんじゃ」
「ハッ。今更だ」
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