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空になった盃に再び葡萄酒が注がれる。
「……その為に、俺達にどんな覚悟をしろという話をしたんですか」
「そうだな。お前にはピンと来ないかもしれん」
香草と共に焼き上げられた魚の切身を前に、メロスはナイフを握りなおす。
「分かるだろアンディーノ。お前の親友はすぐに本当の事を隠す。何より自分自身の事を騙す」
「イオ自身のことを騙す……?」
「そういう小賢しい奴は長生き出来ない。おい、アンディーノ、魚は食わねえのか」
「いえ、頂きます」
パリッとするまで焼き上げられた皮を破り、分厚い身にナイフが入る。とろりとした濃い赤紫色のソースは塩気の効いた魚にフルーティーな酸味と甘味を加えており、確かに酒とよく合った。
「で、お前は俺の何が気に食わねえんだ」
カチッと口の中でフォークを噛んでしまい、メロスは食事の味よりも食器の味で頭が一杯になった。
「…………」
ぎゅっと眉根を寄せ、口の中の魚を酒で流し込む。喉にアルコールが染みて、粘膜が熱を帯びたような感覚を覚えた。
「…お、れは……閣下のような立場の人間は、もっと他人から手本になるような振る舞いをするべきだと思います」
「ほう、どんな」
ヴラドは若造の言葉に眉を上げ、目をすがめた。視線を向けられ、メロスは顔を上げ真っ直ぐに見つめ返す。
「学び、体を鍛え、生活は慎ましく清らかに。隣人を信じ、助け合う。利害で他人を測り、享楽を餌にしたり脅しで屈服させるようなやり方は、人としての豊かさを損ねる」
赤い瞳に、迷いも曇りもなく、メロスは言い切った。ぶるりと左の拳を震わせ、水を煽る。
「くっ、ハハハ! そいつは真理だ。お前の目には、俺は怠惰で、強欲で、利己的な振る舞いに見えるって訳か!」
「そこまでは言っていません。それと、これはあくまで俺一人の考えで……」
「そうだ、アンディーノ。俺が恣意的に今の言葉をお前の一族の考えとして捉えることも出来る。それもわかった上でまだ言う気か?」
ヴラドは椅子の背もたれに体を預け、食事の手を止めてメロスを見つめた。太い眉に青い吊り目の放つ鋭い眼光は、メロスに存在しない刃の錯覚すら覚えさせる。
「俺は……」
メロスは一度言葉を飲み込み、深呼吸をした。暑くもないのに背筋に一筋の汗が流れる。
「そういう生き方をする人々が報われるようにするのが、閣下のような立場の方の務めだと思います」
「……なるほどな。さっきと言っていることがズレてるがまぁ…言いたいことはわかった。お前がどう考えていようと自由だが、あまり勝手なことはするなよ。それはお前の親友の首を絞める」
「承知しています。しかし俺は閣下から言われたからと言って全ての指示に従うとは誓えません」
「お前が誓うのは眩き神のみってことか。根っからの教会思想だ。そういえばアンディーノ、お前うちの執事に戦い方の教えを乞うたそうだな。飯食ったら行って来い」
突然のヴラドからの提案に、それまでの空気から一転しメロスはぱちぱちと目を瞬かせた。
「良いんですか」
「減るもんじゃねえからな」
「あ…ありがとうございます」
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