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進むに連れてどんな味だったか、ろくに記憶に残らなかった食事を終えてメロスは自分にあてがわれた部屋に戻ろうとしていた。
「はぁ…マリー…」
早馬で栗鼠の町を出て、まだ何日も経っていない。イオも隣りにいない状況で、メロスは無意識に婚約者の名を口にした。
廊下の中ほどまで進んだメロスは、ふと、イオの事を思い出し顔を上げた。様子を見に行こうと思い立ち廊下を戻ろうとする。
「オルメロス様」
「うわっ」
背後からの声にメロスは口から飛び出してはいけないものが飛び出そうになった。
振り返ると、さっきまではメロスの他に人の気配は感じなかったというのに、生えてきたかのように男が立っていた。
脅かせてしまいましたか、と微笑みと共に尋ねる男にメロスは咄嗟に首を横に振った。
「大の男が、大袈裟に声を出してしまった。…恥ずかしい」
「左様でございますか。それは」
「ンンッ…夕食、ご馳走様でした。美味しかったです」
話題を変えてみたが、どうにも上手く手応えは感じられない。なによりも自分自身の中に残る据わりの悪さにメロスは僅かに顔を顰めた。
「……一人だと、上手く行かないものだな」
「今日はもうお休みになりますか、メロス様」
「あ、いや…」
「旦那様からお聞きかと存じますが、私も明日以降は旦那様の都合があるもので。メロス様のお相手を務められるのが、生憎と、今夜だけになってしまうのですが」
「お願いします」
メロスが食い気味に頭を下げたのを見て、執事は笑みを崩すこと無く、胸元に手を添えて腰を折る。
「承知いたしました。三十分後にお迎えに参ります」
メロスが顔を上げると、男は踵を返し、下の階へと向かっていった。
付け焼き刃で習得できる技術ではないだろう。男の背を見送りながら、メロスは理解していた。だが、騎士団では習うこともないだろう武術に触れられる予感に期待も膨らんでいた。
「イオ、具合はどうだ」
自室に戻る前に、メロスは手前のイオの部屋をノックして声をかけた。
「ん……メロス?」
「起こしたか。悪い」
「……いや…気にしないでいいよ」
イオが扉を開ける気配はなかった。
「イオ」
「何だい?」
「出てくれるよな。俺と、マリーの式」
扉の向こうで、衣擦れの音がして微かな足音がメロスの方へと近付いてくる。
一枚の戸を隔て、互いにどんな顔をしているのかは、無論知り得ない。
「…………メロス」
「何だ」
「僕は、君達を祝福するよ」
「ああ」
「幸せになってくれ」
メロスの耳に、微かにイオの吐息が震えたように聞こえた。
「そんなことより、出る、とだけ言えば良いのに。まったく、お前の言いたいことはよく分からない」
「あは。ごめん」
深い栗色をした扉に、メロスはもたれ掛かる。
「いや、いいんだ。…イオ、無理はしないでくれ」
返答の代わりのように、扉の向こうからノックする音が響いた。それを聞いて、おやすみ、とだけ返してメロスも自分の部屋へと戻り、着替えるのだった。
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