Ⅱ.ライオネス別邸の饗宴・前編(R18)

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 イオ達がやってきた屋敷の主はその日の昼、中央議会の下位機構の会合に出席していた。終わるや否や次の予定のために席を立ち、秘書を連れて廊下のど真ん中を王者のように進む。  そしてその行く手を阻むように一人の女と秘書の男がやって来て、道を譲ろうとしたヴラドに態々足を止めて話しかけた。 「御機嫌ようミスター(キリオス)・ライオネス。獅子が歩いているのかと思ったわ。鷲獅子船(グリュプスせん)が貴兄に怯えて飛べなくなるのではなくって?」  ヴラド程の傲慢な男が道を譲るのは、サルビアの如き赤い髪を結上げ、金のフレームの眼鏡を掛けた長身の女。片目は常に細めたように瞼が半ば降りているが、それは女のもう一つの特徴と合わさって男に引けを取らぬ剛気を醸す。 「おおこれは大議長殿。今日もアンタほどのいい女は二人と居ない、折角だ、移動するなら俺の船に乗っていかねえか、赤のヴェロニカが乗るとなりゃあ御者も喜んでスッ飛ばすだろう」  赤のヴェロニカ、鉱脈の隻腕、眠り竜の女主人、大議長。これらすべてがヴェロニカ=エリュトロンという女性を示す二つ名であった。  彼女は連峰眠り竜(キミズドラクシャ)北部に存在する鉱脈を支配する大貴族、かつ十三議員による大議会の議長。その右腕は幼い頃に失われ、特製の黒い義手により補われている。  高身長に見栄えする大きな胸と引き締まった腰が作る体型、苛烈な内面を隠さぬ赤毛に琥珀色の瞳。男たちが支配する世界を切り開く、最も男に嫌われた女。 「あら、嬉しい申し出ですが結構ですわ。私、今日はこちらに用があって、このまま残りますの」 「はぁん、そいつは残念だ」 「奥様にも宜しくお伝え下さいな。北部に来ることがあれば是非、お立ち寄りになって。エリュトロンがもてなしますわ」  そう言ってヴェロニカは、傍に控えた秘書が流れるように取り出した手紙を受け取り、微笑みと共にスッとヴラドへ差し出した。乙女から女の色香へと成熟した身のこなし。政界では小娘と嘲笑われる若さだが、彼女はヴラド相手にも一歩たりとも引かない。 「勿論、楽しみにしている」  ヴラドが手紙を受け取ると、「では御機嫌よう」と言い残して再びヴェロニカは廊下の中央を進む。受け取った手紙を自分の秘書に持たせると、ヴラドはヴェロニカの足音に背を向けて歩き出した。 「船の中で目を通す。行くぞ」  ヴラドは議会所を出て鷲獅子船の発着場へと向かう。程なくしてライオネス家の紋章が刻まれた気球に提げられた船と、それを牽く四頭の鷲獅子が空を航っていった。
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