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「あの時、あっちの道を選んでいれば……こんな事にはならなかったんだ!」
俺は頭を抱えながら叫んだ。
「ならば、10分前に時間を戻してやろうか?」
白銀に輝く鎌を握った死神が、不気味な笑みを浮かべながら喋り出す。
「え?! 10分前に時間を戻す? そんな事できるのか?」
死神は闇のように真っ黒なフードを被っているので、どんな顔をしているのか分からないが、唇だけニヤリ、と嬉しそうに歪んだように見えた。
「こほん!今日は死神のシオンちゃんと仲良くなったから、私は超ご機嫌なんだ。だから、今日は特別にそうしてやる。今後いっさいそんな事はしない。今日だけの特別だ。さぁ、どうする?」
俺は一瞬、固まった。
どうしてこんな事になったのか?
今日は、いつもと違う帰り道を歩いていた。
特に何も考えずに、ただ、なんとなくそうしていただけ。でも、それが間違っていた。
いつも通らない公園を横切ろうとした時、ベンチに女が一人で座っていたんだ。
気付かれないように前を通り過ぎようとした時、
「一樹なの? 一樹でしょ?」
となぜか名前を呼ばれて振り返った。
ベンチからゆらりと立ち上がった女は、別れた元妻だったのだ。
「お、お前、こんな所で何してるんだ?」
元妻は泣きながら、俺の胸にしがみついて泣いた。
「今の旦那が暴力を振るうの!怖いの!きっと殺されるわ!助けて!」
えぇ?!そ、そんな事言われたって……。
面倒くせぇな。巻き込まれるのはごめんだ!
「そ、そういうのはさ、警察に相談した方がいい……」
そう言いかけた時、頭蓋骨にすごい衝撃を受けた。俺はその場に倒れ込む。朦朧とした意識の中、聞こえてきた声。
「お前!俺の妻とあにやってんだ!!」
虚な視界から見える強面の顔。月夜に輝くスキンヘッド。振り上げられた岩みたいな拳。
俺はその男に殴られ、蹴られ、ボコボコにされて殺されたんだ。
「10分前、あの道を通らなければ、俺は元妻にも会わず、ボコボコにされて殺されることはなかったんだ。10分前、違う道を選んでいれば、殺される事はなかったはずだ!だから、10分前に時間を戻してくれ!!それで俺は生き返って人生をやり直すんだ!」
俺は死神に向かってそう叫んだ。
「そうか。では、10分前に戻してやる」
死神は鎌を置き、両手を大きく広げる。
すると、生温い風がすごい勢いで吹き抜けて俺は一瞬で吹っ飛ばされたのだった。
◆◆◆
……ん?
頬に冷たい感触が触れている。
重たい目蓋を開けると、いつも帰りに寄るコンビニ前の路上に倒れていた。起き上がり、コンビニの壁に映る自分を確認する。
頭、顔、体……を順に触っても、ボコボコにされていない。いつもの自分の形状だ。
良かった!生き返ったみたいだ。
あっちの道を選ばず、あの公園に行かなければいいんだ!
楽勝だ!これで人生をやり直せるんだ!
コンビニ前を通り過ぎようとした時、背後から何か聞こえた気がしたが、とりあえず気にする事なく公園とは反対方向を向いて歩き出す。
ポケットに手を突っ込みながら、大きな歩幅で歩き出す。自分のマンションとは反対方向だが、とりあえず、あの公園だけ通らなければいいんだ。
口笛なんか吹きながら、星空なんか眺めながら、ただ、ただ、歩く。
真っ暗な夜道は不気味だが、今日はなんか嬉しい気分だ。死神が死神の女の子と仲良くしてくれたのがラッキーだった。あ、でも元妻に出会って、その旦那に殺されたから、アンラッキーだったのか?
そんな事を考えながらドンドン夜道を歩いて行くが、やっぱり、背後に気配を感じる。
まさか、元妻が追いかけてきているとか?
俺に未練があって……なんて事はないか。
でも、久しぶりに会った妻は綺麗になっていてびっくりした。少しだけそんな事を思ってしまった。でももう、結婚は懲り懲りだ。
自分に色々と制限がかかるから嫌なのだ。
だから、俺はずっと独り身でもいい。
少し遊べる女がいればいい。
だなんて、そんな女もいないが。笑
大きなマンションの前を通り過ぎると、ライオンみたいな石像が目に飛び込んだ。
金色の高そうなライオン。このマンションのシンボル的なものか?
ん? 何か見た事あるな、これ。
何だっけ?
最近見たような。
あれ? TVだっけ?
最近、世の中を騒がしている……
「あー、やっと追いついた!」
「えっ?」
振り返ると、そこには黒髪の女がいる。
フラッシュバックする記憶。
『最近、男性を狙った通り魔事件が多発しています。犯人は黒髪の女だと思われ』
俺は一瞬、固まる。
そこにゆるりと立っている女は黒髪。
『一昨日、ライオンズマンションの前で殺された男性も通り魔の仕業だと思われ』
喉がゴクリ、と鳴る。
目の前の女は、右ポケットに手を入れている。
『男性の死因は、刺殺による失血死』
「あの、あなた、これ……」
女は俺に近づきながら、ポケットから何かを出そうとする。
お、おい!
せ、せっかく、
生き返ったんだ!
また、こ、殺される、の、か?!
「ち、近づくな!!」
「あの、これ……」
女がポケットからナイフを取り出した!
俺は近くに転がっていたレンガを掴んで、その女の頭部めがけて叩きつけた。
頭蓋骨が砕ける音がするが、そんな事おかまいなく、叩きつける。
何回も、何回も、何回でも。
赤い液体が噴き上がって、顔中が汚れようが気にしない。とりあえず、死にたくない!その一心で叩きつける。
動かなくなった人形の頭部は、原型をとどめていないぐらい潰れていた。骨も脳みそもアスファルトに散乱している。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
レンガを投げ捨て、ヘナヘナと座り込んだ。
た、助かった……
この女は連続通り魔だ。
俺が倒してやったぞ。
きっと、正当防衛が認められるはずだ。
さぁ、警察に連絡しよう。
女にナイフで襲われそうになったから、近くにあったレンガを投げたんだと言おう。
きっと、大丈夫だ、大丈夫……。
さぁ、スマホ、スマホ……
右ポケットを探ってみる。
あれ?
ないぞ。
どっかで落とした?
コンビニ前で横になっている時に落とした?
もう一度探ってもない。
あれ?
さっきの女。
女が右ポケットから出したのって……
絶命した女の遺体の近くで何かが光る。
月光が反射して小さな画面が光っている。
そこに落ちていたモノ。
それは、
俺のスマホだった。
今日はとんでもないアンラッキーな日だ。
〈完〉
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