2話

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2話

 僕がブッシュ・ド・ノエルを買って戻ると、高森さんはサンタクロースからのプレゼントを発見した子どもみたいに、わくわくしていた。 「こんな日に残業なんてついてない、って思ったけど、ちゃーんと素敵なこともあるんだね。津村くんさまさまだぁ」 「だから大げさですって。でも普通にクリスマスの予定があったら、こうしてサプライズにならなかったのはたしかですね」 「そういう意味では、私たちってみんなとは違った楽しみ方ができたのかも?」  彼女の笑顔に僕はうなずいて、ケーキの入った紙袋を差し出した。受け取りながら、高森さんが首を傾げる。 「シェアするんじゃないの?」 「いま気付いたんですけど、こういうひとかたまりのケーキって切り分けないといけませんよね。ナイフや皿は調達できても、そのへんで箱を広げるのはどうかと。だからお渡しします。食べたかったら、丸ごと平らげても構いませんよ」 「いやいや、半分は請け負ってくれる約束でしょ? 津村くんもケーキを食べる義務があるんだから、放棄しないでよ」 「いつの間に義務になったんですか」 「いい? チキンのあとにケーキなんて明らかにカロリーオーバーでしょう。そのぶん明日からダイエットしないと。津村くんの悪魔的なささやきのせいでそういう道を辿るんだから、減量の苦労もシェアすべき」  大真面目に論理展開する彼女に、僕はくっと笑った。 「なかなか切実な裏事情ですね」  すると高森さんはいったん紙袋に視線を落としてから、おずおずとこちらを見上げた。 「ブッシュ・ド・ノエルが食べたいって言い出したのは私だけど、切り分けなきゃいけないケーキを買ってくれたのは、津村くんなりのお誘いかと思っちゃった」 「は? えっ?」 「ふたつに分けるのは、落ち着いて作業できる場所がいいし。うちか津村くんの部屋のキッチンとか」  僕は言葉を失う。残業をしているときから一対一だったけれど、そんなシチュエーションでの二人きりとなると、空気はいまと違うものになるだろう。  僕はあわてて弁解した。 「いやっ、そんなつもりで買ったわけじゃありません! 夕食を奢ってもらったから、これなら高森さんに喜んでもらえるかなって。ほんとに、ただそれだけです!」  まくしたてながら、自分が赤面していることが分かる。  すごく仲のいい同僚なら、どちらかの家に行ってケーキを食べるぐらい、騒ぐことではないのかもしれない。どうして僕はこんなに焦るんだろう。と疑問を投げかけたところで、自分が相手をすこし意識していることに気付く。いまは普通の態度でいられるけれど、家で二人きりになったらドキドキするに違いない。  それもこれも彼女が悪い。チキンを幸せそうにほおばったり、ケーキ屋のショーケースにキラキラした目を向けたり、かわいい姿ばかり見せるからだ。  思いがけないこの時間を楽しんだことは否定できない。けれど、ケーキの購入に下心があったと誤解されるのはあんまりだ。  彼女の様子を窺うと、高森さんは気分を害したふうでもなく、にこっと笑った。 「うん、津村くんはそういう画策しなさそう。第一、アプローチなら遠回しだよね」  僕はほっとした。彼女が紙袋を両手に乗せて持ち上げる。 「だからこれは、きみの真心」  次いで、困ったように眉尻を下げる。 「なのに、こんなことを言ったら台無しになっちゃう」 「どうしました?」 「うん、あのね……」  高森さんはためらったあと、小声で提案してきた。 「このブッシュ・ド・ノエル、よかったら一緒に食べませんか?」  僕が返事に詰まっていると、彼女が恥ずかしそうに肩を縮めた。 「い、嫌じゃなかったら……ね」  ノーと答える選択肢なんて、頭の中にはさっぱりなかった。  高森さんを連れて僕の家に帰ってきた。  年末は仕事の追い込みでゆとりがなくなり、正月休みに入ったらダラダラ過ごしてしまうと予測して、ある程度の大掃除を済ませておいてよかった。それでも相手を招き入れるときは緊張したけれど、彼女が「落ち着く部屋だ」と言ってくれて安堵する。  高森さんが「キッチン借りるね」と断り、調理スペースでケーキの箱を開く。大事そうに商品を取り出す彼女に、僕は謝罪した。 「すみません、ケーキナイフはないんです」  相手はちょっと考えたあと、大丈夫と笑った。 「これがお店に来てくれたお客様に出すとかなら問題だけど。ちょっと崩れてても見逃してね」  断りつつも、高森さんは普通の包丁で器用に切り分けた。ひとつに僕がサンタを添えると、もうひとつに彼女がスティック状のチョコレートを挿し、イチゴを乗せてくれた。それを眺めて顔をほころばせる相手に、僕は尋ねた。 「白ワインがすこしあるんですけど、飲みます?」 「うん、いただきまーす」  ワインの瓶とともに、ハチミツとしょうがのチューブを用意した僕に、高森さんが目をぱちくりさせた。 「それ、どうするの?」 「ホットワインにしようかと。ジンジャーだから、なおさらあったまりますよ」 「へぇ、風邪の引き始めとかに効きそう。よくそんな飲み方を知ってるね」 「去年の冬にホットワインにハマって。いろいろなアレンジがある中で、これだと家にあるものでサッとできるので、じつは不精なんです」 「いやいや、ちゃんとひと手間かけてすごいよ」  こちらがホットワインを作るあいだに、彼女はローテーブルにケーキを運んだ。ふたつのグラスを手に続いた僕は、無音なのもな、と適当にテレビをつけた。高森さんが待ちきれないといった感じでケーキとワインを眺める。 「いよいよ念願の!」 「それだけ意気込んでもらえたら、ケーキも食べられがいがありますね」  二人で丁寧に「いただきます」と言い、スポンジにフォークを挿し入れた。
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