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その後の僕ら 後編
いずれこの関係は周りに知られるだろうと思いつつ、自己申告するのもおかしな話なので、僕らは職場では普通の同僚として振る舞った。いや、彼女の態度は若干ぎこちなかったけれど。
会社は年末の追い込みでバタバタして、そんなささいなことを気に留める人間はいない。僕らもまた、今年中に片付けるべき仕事の山を切り崩していく。
そういう状況のため、プライベートなコンタクトといえばメッセージのやり取りのみ。会社で顔を合わせているとはいえ、物足りない。ただ、文字の会話を重ねていくのはくすぐったかった。
正月休みのどこかで会おうと約束をする。初詣に出かけるのもいいかもしれない。のんびりしたければ、家でゆっくりしてもいい。
そんな予定があると、仕事のあわただしさは苦にならなかった。まったく、単純だ。
無事に仕事納めをし、解放感につつまれながら課の忘年会に参加する。メンバーの中にはもちろん高森さんもいるが、席はべつのテーブルに分かれた。まぁ彼女は職場での僕との接し方に迷っているようだから、このほうがよかったのかもしれない。
明日からしばらく休みということで、みんな陽気に飲食やお喋りを楽しむ。ちらっとべつのテーブルを窺うと、彼女がほがらかに笑っていた。昨夜はメッセージで「もう疲れたよ~」と弱音を吐いていたから、僕はほっとする。
飲み会の時間がゆるゆる過ぎていく。移動していろんな相手と会話を弾ませる同僚もいるけれど、僕も彼女も初めの席のまま、言葉を交わす機会はなかった。
だから僕は、帰宅してからメッセージを送ろうと考えていたのだけれど。
会を切り上げる時間が来て、みんな上着を羽織って荷物を手に座敷スペースから退去していく。靴を履くときに、目の前に高森さんがいた。相手はすこし酔ったのか、通路へ歩き出す際にわずかによろめいた。僕は思わず声をかける。
「大丈夫ですか」
後ろにいると気付いていなかったらしく、彼女が振り返って驚いた顔をする。それから、ふにゃっと笑ってみせた。
「うん、平気だよぉ」
後続の面々が出てくるのを、店の前で待つ。高森さんはずっとふわふわした空気を漂わせている。同僚女性が心配そうな声をかけた。
「高森さん、電車なの? タクシーで帰ったほうがよくない?」
「問題ないですよ~。乗る方向を間違えなければ!」
「いまいち言動が大丈夫くないなぁ……」
「そんな危なっかしいですか? だったらカレシに送ってもらおうかな」
「うん、そのほうがいいよ」
すると高森さんは周囲に視線を巡らせ、様子を窺っていた僕に気付き、満面の笑みを浮かべた。次いでこちらに歩み寄り、僕の袖を引いて同僚女性に告げる。
「じゃ、津村くんに送ってもらいまーす」
一瞬その場が静まり返り、直後に騒然としたのは言うまでもない。
みんなの質問攻めに遭い、対応に四苦八苦する僕の横で、ことを暴露した張本人はのほほんと楽しそうにしていた。
そんな顔をされたら怒ることもできない。
僕は諦めて、しばし晒しものに甘んじた。
酔った勢いで大々的に発表してしまった彼女だが、電車で揺られるうちに冷静さを取り戻したらしく、青ざめた。
「わ、私、とんでもないことしちゃったよね……?」
僕は苦笑するしかない。
「いいんじゃないですか。中途半端な状態で詮索されるより、いっそ大っぴらにしたほうが」
「でも自分で宣言しちゃうなんて……。そんなつもりじゃなかったのに!」
「もう取り返しはつかないんで、観念しましょう」
彼女は顔を両手で覆って弱々しく言った。
「ごめんなさい~。呆れられても仕方ないけど……」
「正直に言えば、そのうち高森さんがぽろっと漏らすんじゃないかと思ってたんで、予定どおりです」
すると相手は手を下ろして視線を向け、どう受け取ればいいのか、といった顔をした。
「その通りになったから、言い返せない……」
「それに、後ろめたい関係なら酔っても口にはしませんよ。ついバラしてしまったのは、いいことだからでしょう。そう思いつづけてもらえるかどうかは、これから次第ですけど」
彼女は驚いた顔でまばたきし、やっとわずかに笑ってくれた。
「ほんとうは私、付き合うことが嬉しくて自慢したかったんだと思う。ダメだね、十代の子みたいに浮かれちゃって」
「年齢なんて関係ないですよ。そんな高森さんでいてください」
すると彼女は困った顔をしたあと、こちらの肩にそっと寄り添った。
「津村くんの隣では、私らしくいられる気がする」
互いの手が重なり、どちらからともなくそれをつなぐ。ふっと沈黙が訪れたけれど、居心地のいい時間だ。
彼女の最寄り駅が近づいてきたとき、高森さんが遠慮がちに教えてくれた。
「あのね、小規模だけど駅前がイルミネーションで飾られてるんだ。かわいらしくてきれいだよ」
そのイルミネーションは時計台が大きなツリーに見立てられ、植込みも明かりで彩られ、あちこちで星やトナカイが明滅していた。いっとき、寒さを忘れる。
「けっこう本格的ですね」
「ふふ。初めはこじんまりしてたけど、年々、範囲が広がってる。見慣れた景色がこうして様変わりするのは楽しいね」
僕がこの駅で降りたのは初めてだけれど、いつか『見慣れた景色』になるのだろうか。返事がわりに、つないだ手をぎゅっと握ると、彼女が照れまじりのまぶしい笑みを見せた。
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