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私は、神戸に生まれ、親孝行のつもりで東京のとある私立大学に入学した。専攻は法学だが、第二外国語にロシア語を選択した。大学にはロシア研究会というロシアの文学や政治・社会情勢を研究するクラブがあり、そこで、出会ったのが、田島麻子であった。彼女は一学年下のロシア語学科の学生だった。麻子は、いつもロシア語の辞書を携え、ロシア文学を原語で読み、ロシア文学の翻訳家になることを夢見ていた。
私は、寡黙で人に懐こうとしない麻子が気になって仕方がなかった。私は、さほど冗談が巧いほうでもなかったが、ひょうきんな関西人を装って、麻子の関心をひこうとした。うるさくつきまとう私を、麻子は最初は迷惑そうにしていた。しかし、少しずつだが、私と麻子は打ち解けていった。
麻子のことを知りたかった。問うと、存外素直に、麻子は自分のことを語った。それによると凡そ、こんなことだ。
麻子は、小学校に入学したころは、大人との会話の仕方がわからなかった。いつも黙っていた。担任の教師が母親に進言したという。
「お母さん、麻子さんは自閉症かもしれません。お医者さんに行くべきだ」
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