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「明日から、いよいよ夏休みだ。気をぬかず、宿題は計画的にやるように! では、おうちの方にわたすプリントをみて」
今朝、五年三組の教室のエアコンがこわれてしまった。
窓を全開にしている教室の中には、いろいろな音がひびく。
校庭の木にとまるセミの鳴き声と「アツイ、アツイ」というクラスメイトの文句。
バタバタと下敷きをウチワがわりにしている人、黒板の横に置かれた送風機の音。
ざわめきの中、一番後ろの席に座ったわたしのところまで、山村先生の声は届かない。
まあ、いいや。きっと、プリントに書いていることを説明してるだけだろうし、聞かなくてもだいじょうぶ、かも。
カーテンが風でゆれるのが目のはしにうつる。
ボンヤリとそれをながめていたら、窓ぎわに座っているメガネの彼も目に入った。
三上蒼くん。
このアツくてうるさい教室の中、まるで、彼だけは音も温度もない世界にいるみたいだなって思ってしまった。
静かで涼しげな横顔が、真剣にノートに何かを書いている。
受験するらしいと聞いたことがあるから、勉強してるのかな?
じーっと観察していたら、笑った⁉ 今、笑ってなかった?
長めの前髪と紺色のフレーム眼鏡のせいで、口元しか見えないものの、たしかにクシャリと笑ったのが見えた。
彼は一体何をしているの? あの笑顔の理由が、とーっても気になる!
「はーい、じゃあ、ここまで。何か質問はあるかな? 長瀬真凛」
「え⁉」
急に自分の名前を呼ばれ、ビクンと背筋を伸ばしたわたしを、親友の麻田初花がニヤニヤ笑いながら、ふり返っていた。
「長瀬は、もう夏休みのことを考えてボーッとしているようだな? 麻田と二人で遊びまくってちゃダメだぞ、宿題も忘れるなよ」
「えー⁉ なんであたしまで? ちゃんと先生の話、聞いてたのにー! マリンのせいだ」
とばっちりを食ったとふくれるウイカに、わたしはベエッと舌を出す。
「長瀬は宿題を忘れたこともないし、やっぱり麻田の方が心配かもな」
「先生、ひどーい!」
ワッハッハと大きな口で笑う山村先生と、ウイカのかけ合い漫才のような会話。
クラスのみんなが笑っている中、もう一度チラリと三上くんを見た。
やっぱり、まだ楽しそうにノートに何かを書いている。
勉強じゃなさそうなんだよね。
絵でも描いてたりして? まさかね?
ふと、三上くんが描いた校長先生の肖像画を思い出した。
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