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6.
鉄製のドアは固く閉ざされ、蹴破ることなど出来そうにない。
いつまでも突っ張っている訳にもゆかず、室内の探索を開始した。
2LDKの間取りである。廊下の突き当たりにはリビングとダイニング・キッチンが一緒になった広めの部屋。他には小部屋がふたつ。あとは風呂場とトイレか。
どの場所も窓は丹念に板でふさがれていた。試しに蹴ってみたがびくともせず、それで今度は椅子を叩きつけたところ、粉々に砕け散ったのは椅子の方だった。
「あンのクソ坊主、騙しやがって!」
悪態をつきながら、手にした椅子の脚を投げ捨てた。
思い返せば旨すぎる話だった。
異常な額の報酬に対して『誰にでも出来る簡単なお仕事です♡』のフレーズ。
部屋のあちらこちらから、自分に無数の目線を向けている何かに対し、柴本は向き直る。
意を決して、値とも汚物とも判然としない何かが撒き散らされたリビングの床に、片膝を突いて座った。
えずきそうになる悪臭と怒りの匂いの中、好奇の匂いがかすかに、けれども確かに沸いてきたのを柴本は鼻で捉えた。
悪臭に慣れてきた鼻には、辺りを漂う感情の匂いはひどく単純に――生きている人々に比べれば――嗅ぎ取れたという。
「幽霊の あれこれ見たり――なんだっけ?」
残念ながら『幽霊の』しかあっていない。
正しくは『幽霊の 正体見たり 枯れ尾花』であろう。たぶん。
格好付けてみようとしたらしいが、3行以上並んだ文字列を眠たくなるスペックの頭では、これが限界のようだ。
教養は残念でも、勘が良く器用なのが柴本という男だ。どうすれば良いのか大掴みには出来たらしい。
悪臭に淀んだ空気を肺一杯に吸い込み、腹の底、丹田に力を込める。それから、遠吠えのように大きく吼えた。
「オオオオオオォォォォォォゥ!!!!」
狼吼。古来より彼ら獣人たちによって培われ、また柴本が幼い頃より修めてきた武技のひとつである。
流派によって猿叫とか竜哮など様々な呼び名があるが、いずれも同じ。大音響の掛け声や叫び声で、相手を怯ませるのだ。
柴本の狙い通り、腐臭と共に漂っていた怒りの匂いは瞬く間に吹き散らされ、あとには怯えの匂いがかすかに残るばかりとなった。
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